mugimiの怠惰な毎日をだらだらとお送りします
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ぽっかぽか
2006年10月31日 (火) | 編集 |
先日書くことと矛盾しているようだが。

「パーフェクトを目指す必要はない。元々そんなこと無理なのだから」
と英会話の先生(アメリカ人)は言う。私もそうだなあと思う。
が、私という人間は、実際はパーフェクトを目指そうと思いがちである。

目標を高く置くのは悪いことではないと思うのだが、
自分で勝手に高く掲げた目標に近づけずに苦悩している姿は、
端から見たら滑稽だろう。
それはわかるのだが、「私は何でこんな事も出来ないのっ?」と
自分自身を叱咤激励して追いつめてしまいがちな私。

結局のところ、私が目指そうとするサイエンティスト像に私はほど遠く、
そのギャップが私を追いつめて、その結果、
仕事も辞めざるを得ないほど体調を崩してしまったともいえる。
(ただし話はそこまで単純ではなかった。
私の性格を直したところで、仕事を続けられたかどうかは定かでない。)

さらに時間軸を戻せば、多少音感がなかろうが、
歌うのが好き、という気持ちがあるのなら、
歌うことすら止める必要はなかったのだ。
一流になれない自分がイヤだったんだろうね。

あのとき止めずにほそぼそと続けていれば、
あのときの実力を維持できていたのに。
(もしかしたらもっと上手くなっていたかもしれないのに。)
今じゃ「歌ってみて」といわれても、声出ないもんねー。
洗い物しながらたまに歌う程度。

さてさてさて。

最近(この辺だけかも知れないが)お昼前に
「ぽっかぽか2」の再放送をやっている。
あまり知られていないが、実に名作だと私は思っているドラマである。

このドラマを見るのは何年ぶりかと考えたら、
あれは、そう、結婚して割とすぐの頃だったから、
もう11年前のことである。うわー。

最近の「昼ドラ」といえば、割合愛憎ドロドロのドラマが多いらしいが
(見てないのでわからない)、
この「ぽっかぽか」は、普通の主婦の日常をそのまま切り取ったような話である。
幼稚園児の娘、あすかちゃんが実に可愛くて、
新婚だったワタクシ、「こういう子供が欲しい~」と切に願ったものだった。

そのドラマを最近やっているわけだが、
当時は全く気にならなかった部分が妙に気になったりする。

なんだろう、やっぱり10年経つと社会全体が変わるんだろうね。
高校生の男の子がいきがって喫茶店でブラックコーヒーを飲んでいるシーンがあるが、
今じゃそんなのぜんぜん「いきがって」ないもんね。
それとか、女性の上司、という存在がものすごく希有に扱われていたり。
あとやっぱり化粧とか服装なんかは違うなー、という感じ。
そういうこと考えながら「うーん10年経つといろいろ変わるもんだなー」
と思っていたのだが・・・。

はたと思いたった。
ということは、あの、あすかちゃん役をやっていた子は今何歳なの?

検索したら簡単にヒットした。
うわー、大きくなったねえ。(←親戚のオバチャンの感覚)
もう17歳か・・・。うーん(感慨深いなあ)。

しかし、このドラマはまだいいが、
「ポケベルが鳴らなくて」なんて、今の高校生に見せたら、
もどかしくってしょうがないだろうね。
(連絡手段がポケベルしかないんだから・・・)
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我が家の食生活
2006年10月30日 (月) | 編集 |
図書館から借りた魚柄仁之助氏の
「うおつか流 台所リストラ術」「ひと月9000円の快適食生活」を読んで猛反省。
ウチの食生活はだいぶ無駄があるなー。

いや、買った食材をダメにして捨てる、という低い(?)レベルの「無駄」ではなく、
すだちの皮とかリンゴの芯とか捨ててるなあという高いレベル(!)のお話。
(詳細は上述した本を一読すればわかる)

というわけで突如、先日の煮物の残り汁を使って茶碗蒸しを作成。
いきなり思い立ったので適した具が見あたらず、
冷凍庫にあったシューマイを入れたら意外と美味しかった。
(ダーリンには涙を浮かべんばかりに笑われた)

我が家はシャトルシェフと圧力鍋があるので、ガス代はだいぶ節約できていると思う。
茶碗蒸しもシャトルシェフにおまかせ、だし。
鰯の煮物も圧力鍋で10分程度煮たら骨まで食べられるもんね。
あらまー、ワタクシったら、すっかり主婦っぽくない?(←主婦だって)

鰯と言えば、最近鰯高くない?
ずーっと鰯の梅煮を食べたいのに、なんだか妙に高くて。
鰯いーわし♪、と思いながらスーパーに行って、値段見て、
ついその横の一尾75円のサンマになってしまう今日この頃。
もしくはサバになってしまう昨日。
(青魚ばかりなのは私の好みのせい)

そういえば最近肉より魚だなあ。
仕事していたときは料理に時間をかけられなくて全然魚を食べてなかったから
(スーパーの刺身は除く)、
その反動かも。

でもダーリンが辟易しているかと思いきや、
「舟盛りが出てくるような温泉に行きたいねえ」などというので、
別にそうでもないらしい。
(ダーリンも今までの反動か・・・?)

私もダーリンも基本的にはそれほど好き嫌いはないのだが、
よくよく考えてみるとそれぞれ微妙な好き嫌いがある。
私の場合、揚げ物が全般的に不得意。
キライではないのだが、食べていると途中で気持ち悪くなるので、
あまりたくさん食べられない。
だから串カツとか天麩羅とかトンカツとか苦手。
(好きかキライかと言われたら好きなんだけどねえ)
それと関連しているかどうかわからないが、脂の多い肉・魚が苦手。
ブリなんかも味は好きなのに、あとで気持ちが悪くなる。
それに気づいたのはだいぶ大きくなってからで、
高校時代は自宅で手巻き寿司のあとよく気持ち悪くなって寝ていたものである。
(食べてる途中はわからないんだけどねえ。)
霜降り肉・大トロも苦手。豚トロもダメ。
(少量なら大丈夫だが。)
あと、これはかなり致命的かも知れないが、マヨネーズがキライ。
マヨネーズが大好きという人は世の中にたくさんいるが、
キライという人にはあまりお目にかからない。(ウチの父親くらいだ)
だからマヨネーズを避けるのは案外難しい。
サンドイッチを買ったら中に入っている確率が高いし、
外食したらサラダにかかってくる可能性も高い。
ついでにいうとタルタルソースも苦手である。
マヨネーズの成分、卵、酢、油と分ければ全く問題ないのに、
これらがミックスされるとなぜダメなのか、自分でも理解に苦しむ。
(上述したほとんどのものは「食べられるがあまり好きではない」だが、
卵サンドは頑張っても食べられない)
さらに漬け物がほとんどダメ。
食べられるのはキムチと梅干しくらいなもの。
ぬか漬け、粕漬け、みそ漬けはほとんどダメと言っていい。
最後にとっておき、納豆はもう見るのもイヤ。

そんなわけで、我が家の冷蔵庫には納豆、漬け物はもちろん、
マヨネーズも存在しない。

たいていの男の人はこんな奥さんだったらやっていけないよねえ。
(ありがとうダーリン)

すっかり主婦っぽい生活。しかも日中はドラマ見てたりして・・・。
英会話を習い始めてちょうど一年
2006年10月29日 (日) | 編集 |
書くネタは結構豊富にあるのに、どうも間隔が開いてしまうなあ。
気のせいか、パソコンの前に座ると頭痛がするのよねえ。
電磁波の影響か・・・?


昨日(土曜日)は英会話のレッスン。
私は「会話」と「ライティング」のクラスに出ているのだが、
「ライティング」の方は人が少ないので、
一番多かったときで3人、少ないときは私一人。

「会話」のクラスでは多少文法が間違っていようが、
とにかくしゃべることが第一なので、
会話の流れをストップしてまで直されることはあまりない。
ただし「ライティング」のほうはそうはいかない。
「書いたものはのちのち残るのだから、文法が間違っていたらダメ」と手厳しい。
50分のレッスンのために数時間かけて宿題をしていくが、
あっさり「これは違う、これは間違っている、もう一回やり直し」となるしね。

「すごく時間かけてこの文を書いたのにまちがいだらけでガッカリ」といったら、
先生(アメリカ人)に、
「何言ってるの!わからないから習ってるんでしょ!
全部出来るんだったら習う必要がないんだから、いっぱいミスをしなくちゃ。」
とあっさり言われた。そりゃそうだ。
先生は言う。
「人間みんな欠陥だらけなんだから、パーフェクトになろうだなんて思っちゃダメよ。
そもそも無理なんだから。
だけど日本人は、特に日本人男性は、パーフェクトじゃなきゃいけないっていう、
思いこみの強い人が多い気がする。
人のミスを許せない、自分のミスも許せない、そんなのありえないでしょ?
たくさん失敗して、そこから学んで、次は成功させればいいだけの話じゃない」
と実にわかりやすい。

そういえば、この先生はいくつかの大学で非常勤講師をしているのだが、
以前こんな事があったという。
テストのあとの成績を大学に提出したあと、ミスがあることに気づき、
「まちがいを見つけたので訂正させて欲しい」といったら
事務の人がカンカンになって「なんで間違えるんですかっ」と怒ったとのこと。
「確かにミスをしたのは私の不注意。
だからその非を認めて、改めてそのミスを訂正させて欲しい、
という主張は何かおかしいの?
この人は生まれてから今までミスしたこと無いのかしら」と思った、
と淡々と言っていた。

お茶を習い始めて先生にいろいろ教えて頂いているが、
「ここを間違えるとお茶席で恥をかきます」とか、
「これを知らないと余所のお茶の先生にバカにされます」と言われることが多い。
「間違えて恥をかく」ことが許されない状況なのかと息苦しい。
最近読んだ茶道関連のエッセイでも、
「床の間のお軸の位置に気づかずに××などと言ってしまったら、
その人の茶人人生が危うい」
なんて書いてある。
間違えたら一巻の終わりなんだねえ(こわっ)。

ずいぶん前に読んだ林真理子さんのエッセイでもこんな話があった。
着物を着るようになって、最初はやはり着付けがうまくいかず、
帯の位置が少し傾いていたり、着物にシワが寄ったりする。
「したり顔で近づいてくる人を○○さんは目で制した。
あとで聞いたら、『あんなところで言われたら、林さんが恥をかきます』
と言っていた」(手元に本がないので記憶で失礼)
うーん、「ココ曲がってるわよ、直しとくわ」「あらすみません」
で済まないのか・・・。

日本人が英語をしゃべれないのは、「間違ったら恥ずかしい」
と言う気持ちが強いからだ、というのは何も私がいうまでもなく、
それこそあちこちで言われることだ。
自分のまちがいを人から指摘されるのは「恥をかく」ことで、
「恥をかく」ことは日本の文化では許されないのだろうか?

うーん。

もう一つ。
私の英会話の先生は、ライティングのレッスンの時ホント怖い。
語気も強くなるし、まちがいを叱責する口調も顔つきもシリアス。
だけど勘違いしてはいけないのは、「怒っている」わけではないということ。
前述の大学事務員のように、「何でこんな簡単な問題を間違えるの!?」
と「ミスをしたことを叱責している」のではない。
もちろん「ミスをした私を叱責している」のでもない。
単純に「違っている、間違っている」ことを、理解させるためにシリアスになっている。
ややこしいけどわかるかなあ?
(だからレッスンが終わるとケロッとした顔で世間話をする。)

その辺がイマイチわかっていない人が多いなあというのが率直な印象。
ライティングのクラスを今月から始めた人が、
「すっごく怒られるんだもん」と言ってあっさり辞めてしまった。
以前も意見が食い違ったことですごいめちゃめちゃ言われた、
なんかもうイヤになっちゃった、みたいなことを言っていたが、
私の感覚からすると、ちょっと違うんだよな・・・。

例を挙げるのに話を変えると、
元ボス(日本人)と私の言い争い(実験結果の解釈について)もこんな感じだった。
お互い、自分が正しいと思っているから、そりゃ口調も厳しくなるし、
語気も強くなるし。周りにいた人の顔色がだんだん青くなってくるのもわかったくらい。
だけどお互いの人間性を否定しているわけでは決してなかったから、
セミナーが終われば同じ部屋でコーヒーを飲みながら談笑する。
そういう感じ。

その人の人間性は好きだけどこの考え方は私と違うな、とか、
この人のこういう考え方は私と同じだけど、でもこの人とどうも馬が合わないな、
とか、色々あると思う。でも、
「あの人の言っていること私と違うから、あの人自身を気にくわない」
というのはいかにも短絡的すぎる。
もちろん、
「あの人のこと気にくわないから、あの人が言うことは何でもかんでも反対」も同様。

あんまりこういう話を他の人としないから、私の考え方が特殊なのか、
あるいは一般的なのか、実はよくわからない。
ただ一般的に言われていることとしては、アメリカ人の方が
「意見が食い違ったらそれぞれの主張をきちんとする」こと。
だから「意見が合わない」ことはある意味、話のとっかかりなのに、
自分の意見を言わずににこにこして「ハイ、ハイ」といって、
その陰で「自分と意見が合わない、だからあの人キライ」という思考では、
もうアメリカ人と話せなくなるよ?
それって、自分で世界を狭めてるんだよ?
・・・というのが私の感覚。

昨日は10月最後のレッスン、ということで、
パンプキンクッキーを持っていった(気分だけハロウィンね)。
あろうことか卵もバターもろくに冷蔵庫になかったので(なにしろ主婦は忙しいから)、
ネットで見つけたホットケーキミックスで作るパンプキンクッキーを作成した。
何かボソボソしてるなあ、と思ったが、これが妙に好評で、
「作り方教えて下さい!」とまで言われてしまい、
自分の味覚に自信が無くなる今日この頃。
純正律・平均律
2006年10月27日 (金) | 編集 |
昨日は市役所で丸々二時間かけての用事、
今日はお茶のお稽古、と案外に主婦は忙しい。

先週お茶のお稽古で先生のお手前を見ながら
「ほとんど全部忘れてる」と思ったが、
今日久しぶりにやってみたら、意外と手が覚えているのにビックリ。
人間の記憶って不思議。
(自転車とか水泳みたいなもの?)

お茶のお稽古らしきことを初めてやったのは高校時代だが、
受験の必要がない私立の女子高だったので、
人に話すと「ええっ?」といわれるような授業があれこれあった。
一年の時はなぎなたの授業があったし、
声楽・器楽の授業もあって、バイオリンは全員必修。
二年か三年から選択で美術とか工芸もあった気がするが、
私は声楽しか取っていなかったので、他に何があったか全く覚えていない。

そう、声楽。

高校時代に合唱部に所属していたのだが、
部活は基本的に月・水・金で、
コンクールとか文化祭、演奏会などのイベント前になると、
月・火・水・金になった(ような気がする)。
いや、コンクール前は毎日あったような気もするなあ。

しかしこれが全然苦ではなくて、
むしろ部活がない日の方がつまらなかった。
ホントに歌うの大好きだったから。

思い起こすと子供の時から歌うのは大好きだったが、
かといって子供合唱団に入っていたわけでもない。
ピアノは全く習ったことはなくて、
ごくごく小さい頃にエレクトーン教室にちょこっと通って、
さらには小学校の数年間、バイオリンを習っていたくらい。
だから楽譜をパッと読めないし、絶対音感もない。
でも「好き」という気持ちはすごく強かった。

好きが高じて部活以外にわざわざ声楽のレッスンにも通い出した。
母がたまたま某オーケストラのバイオリニストと友達で、
その縁で某音楽大学の声楽科の先生を紹介して頂き、
自宅に伺ってレッスンをしていたのだ。

この先生から「音大受験を考えてみたら?」といわれ、
少々舞い上がった時期があった。
確か高校二年の頃である。

あまりマジメに音大受験を考えたことはなかったが、
勧められた、というのはそれなりにスジがいいということなのかもしれない、
と当時の私は思ったのである。
(今考えてもこれはよくわからないが・・・。)

そんなこんなの時期に三年生になり、ますます選択科目が増えた。
何しろ受験がないエスカレーター式の学校だから、
ごく普通の「数学」「英語」以外に、
「ツァラツストラはかく語りきを読む」とか「実験物理」とか、「フランス語」とか、
まあいろいろあったのである。
それで、私が選んだのは「ソルフェージュ」。
多少音大受験を意識していたことがうかがえる。

このときに集まったのは10人もいなかった。
6、7人だっただろうか。
私以外の人たちは、いずれも幼少期からピアノやバイオリン、
あるいは両方を自発的にか強制的にかずっと続けていて、
初見で弾けるのは当たり前、絶対音感もバッチリ、
というレベルだったのである。
(後にこの中から2人が音大に進んだ)

その授業は苦痛以外の何者でもなかった。
他の人が簡単に出来る聴音が出来ない。
楽譜を渡されてもすぐには音が取れずに歌えない。
シャープやフラットがいくつも付いた譜面を一瞬だけ見せられて、
「今のは何長調?」という試験もあった。
どんなに努力しても、音感はあとから身に付かない。
他の人たちがあまりにもあっさりと出来ることが、どんなに頑張っても私には出来ない。
その事実があまりにつらくて、
聴音のテストの時かなにかに泣いてしまったこともあった。

余談だが、その先生は私が泣いていたら、
「ずっとそこで泣いてなさい!」と言い放って全くフォローしなかった。
今思えばそれはそれでまた一つの教育かと思うので別に恨んだりはしていない。

まあ、そんなわけで、「音大受験?無理に決まってるじゃない」と、
自分でとことん自分を叩きのめしたのである。
(高校卒業後は声楽を続けなかったのはなぜなのかとたまに思うが、
どんなに努力してもかなわないことがあるという痛みが強かったのかもしれない)

最近、一部で純正律が流行っているらしい。
どこかでその記事を読んで、検索したら
純正律でのモーツァルトなんていうCDも発売されている。
早速買ったのだがすっかり気に入ってしまい、最近はよく車で聴いている。

純正律とか平均律というのは、あの忌まわしい(!)
高校時代のソルフェージュの授業で習ったのでよく覚えている。
この辺の「理論」なら勉強すれば他の人と肩を並べることが出来たから、
必死に勉強したのねワタシ・・・。

世の中には奇特な人もいるもので、
純正律、平均律でのそれぞれの和音を聞き比べるサイトもいろいろある。
(「純正律」で検索するとわんさか出てくる)
なかでも様々な時代での調律方法で同じ曲を聞き比べるサイトが秀逸。
二時間くらい遊んでしまった(専業主婦バンザイ)。

先日図書館から借りた「音の後進国日本―純正律のすすめ」を読んでいて、
日本の音大受験は聴音や初見でのピアノ演奏、
また、シャープがいくつフラットがいくつで何長調(何短調)、という、
「音楽らしさ」からは離れた基準での試験ばかりだ、というコメントがあり、
読んでいて少々ニヤッとしてしまった。

しかしこう毎日毎日遊んでいていいのだろうか・・・。
主婦業も(一応)、やっておりますようっ。
寝る前は罪滅ぼし(!)にダーリンのマッサージもしてるもーん。
お会いしたことのない恩師
2006年10月24日 (火) | 編集 |
先週ハローワークに行った。
ウチから車で約20分の距離。

思いがけず早めに用事が済んだので、
帰りに文房具屋に寄ろうと思い立った。
このあたりは前の前の職場(ややこしいな)の近くだから、
カーナビもなにも必要ない。
・・・のに、道を間違えた。

ぼんやりしていたとはとても思えない。
ハッと気づいたら、右折レーンに入っていて、
どうにも右折しないといけない状況に陥ったのだ。

右折してさてどうしようかと考えた。
文房具屋も我が家も方向としては真逆である。
こちらの方向に行くことは普段あまり無いため、
「せっかくこっちに来たんだから、普段行かないところに行こう」
となぜか思った。
私は基本的にあまり車の運転が好きではないので、
不必要なドライブはほとんどしないのである。

こっちの方向にあるもの、を頭の中でソートする。
パン屋さんやホームセンターが頭をかすめるが、
なぜだか強く「お墓参り」がひらめいた。

そう思ったらどうしても行かなくちゃいけない、という気になった。
さらにはなぜか信号運もよく、するすると行けて、
あっさりと霊園にたどり着いた。
さらには広い広い霊園の中をいつも迷うのに、
ほとんど一発で見つけることが出来た。

そんなわけでほんの少しお参り。
そうだった。
研究を止めたことをご報告するのを忘れていました、ナカヤマ先生。

なんだか、操られていたような気がしたこの日一日。

帰りの車でモーツァルトが違う響きに聞こえた気がした。


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化粧品
2006年10月23日 (月) | 編集 |
知人に勧められて今月初めから化粧品を変えてみた。
使い始めてまだ2週間だが、かなりよさげ。

それはそれで非常に良いことなのだが、
この化粧品会社、かなりミステリアスである。
インターネットで調べようにも会社のHPすらない。
CMはもちろんのこと、雑誌への広告も全くない。
店舗もないのだから徹底している。
唯一、社長(副社長かも知れない)の愛読書という某セレブチックな女性誌に、
見開き二ページの広告を載せているらしいだが、
「世界の頑張っている子供達を応援します」というようなメッセージのみで、
知らなければ何の会社なのかはさっぱりわからないだろう。

さらにはっきりいってしまえば、販売方法はネズミ講である。
会員になると言うことは誰かの傘下に入ることだ。
最下級の会員だと全商品5000円の価格だが、
人をどんどん勧誘して、自分の傘下に入れる人数が増えるに従い、
3500円、3000円、さらには2500円まで下がる。
(誰も勧誘しなくても、自分が5個以上買うと4000円に下がる)
しかも、勧誘した人が商品を買うと、
その数に応じて「ボーナス」がもらえるとのこと。
金額は不明だが、「上の方のクラス」になると、
それだけで食べていけるくらいになるようである。
(この辺は曖昧なので何とも言えない)

勧めてくれた知人はもう一年以上使っていて、
商品そのものはとてもいいものだと思っていたらしいのだが、
こういった販売方法がどうにも引っかかって、
なかなか言い出せなかったらしい。
むしろ私のほうから「最近何の化粧品使ってるの?」みたいな話になり、
その結果、「ふうん、じゃ、私も使ってみるよ!」という流れだったので、
知人としてはホッとしたとのこと。
「いいものだと思ってるから勧めたいけど、
ヘタに勧めて友達なくすのイヤだからって思ってて・・・」
というのもよくよくわかる。

一番最初にもらう「ルール説明書」なんかを読んだりすると、
禁止事項が山のように記載されている。
といっても至極もっともなものばかりで、
「承諾なしで他人を会員登録するな」とか
「会員登録を代筆するな」とか
「皮膚トラブルがある人に勧めるな」などなど。

セミナー(後述予定)でお会いした「上の方のクラス」の人と話をしていても、
「人から人へ伝わっていくビジネスだからこそ、
信頼関係が大事だって言う社長の言葉は本当にもっともだ」といい、
片っ端から友人知人に声をかけて強要するなんてもってのほか、と断言する。

一方で、商品と一緒に送られる会社の会報誌を見ていると、
そういった「上の方のクラス」の人たちが
「研修会」「セミナー」と称して豪華ホテルで会食をしていたり、
あるいは海外旅行に行ったりしている(費用は会社持ち)。
「どんどん会員を増やせばこんなにいい思いが出来るんですよ~」
と「下の方のクラス」の人たちをあおっているように思えてしまうのだが。

さらには見方を変えれば、私達のような「最下級」の人たちから吸い上げた分を、
私とは関係ない人たちが贅沢な飲み食い・旅行三昧で使っているのかと思うと、
やっぱりちょっと気分が悪い。

私を誘ってくれた知人はまずは商品購入より先に
「セミナー」に参加することを勧めてくれた。
そこでは商品の使い方の説明をしてくれるというメリットもあるが、
この近辺の会員が集まるから、長く使用している人たちの肌をよく見てみては?
とのこと。
彼女はエステティシャンの資格を持った元プロだから(今は専業主婦だが)
言うこともちょっと違っている。

セミナーは、多分100人くらい集まっていただろうか。
年齢層はかなり高く、30代は私とその知人を含めて多分4、5人といったところ。
ざっと見た感じ、40代、50代が多いが、60代、70代もチラホラ。
ただ、話をしてみると「この人40代前半だろうな」と思った人が
「もう50は過ぎてるわよ。孫もいるし」などと言うし、
パリッとしたピンクのスーツを着こなした50代後半だろうと思った人が
実は70歳を過ぎているという。
全体的に「実年齢よりずっと若い!」。

そして実際に、長く使用している人ほど一様に肌がきれいだったのだ。
これぞ動かぬ証拠だろう。
その化粧品の洗顔フォームで体全体を洗っている、と言う人など、
40代後半とはとても思えないようなシワ一つ無いデコルテである。
そしてみんな一様に「使い方が本当に大事」といい、
洗顔フォームの泡のたてかた、洗顔するときの力のいれ具合、
洗顔時のお湯の温度、等々、実にこまやかに熱心に説明してくれる。
その熱心さぶりはほとほと感心するくらいで、
一歩引いてみたら「布教活動?」と思うくらい。
そこで「うっ、ちょっと無理」と思うか、
「そうかそれくらい熱心にやれば私もこれくらいキレイになれるのね☆」と思うかで、
残るかどうかが決まるのかな。
(私は自分自身がキレイになりたいとは思うが布教活動はちょっと無理だな)

で、ここまで書く過程でちょっと気になって、
この化粧品会社のことをネットであれこれ検索したのだが、
一部の掲示板でひっそりと意見交換がされているのを別として、
実に見事に何も引っかかってこない。
個人のブログでも引っかかってきそうなものなのに、それすらない。
ネットオークションでかなりの数が出品されているのだから、
ネット世代が少ないという理由は成り立たない。
よくよく「ルール説明書」を読むと、
「インターネットで商品の案内・紹介をしないこと」というのがあるので、
もしかしたら会社が常に目を光らせてつぶして回っているのかもしれない。
(想像すると不気味である)
というわけで最後まで会社名書かずに今日の分は終了。

どこかで操られているっていうのは、ちょっと不気味であり、
一方でちょっとドキドキする感覚、かな。
腸内環境改善
2006年10月21日 (土) | 編集 |
昨日書いていなかったが、英会話のレッスンは先月末から再開している。
「時間、あるのでしょう?」と宿題が山盛りで、以前よりシンドクなっている。
今日もレッスンでへろへろ。

そうはいいつつ通うのは楽しいので、
毎回とはいかないが、おやつを作成して持参している(今日はレーズンクッキー)。
先々週に持っていったチーズケーキは実に好評で、
今日も「あれ、美味しかった~」と言われた。

このチーズケーキは私が小さい頃母がよく作ってくれたもので、
ほんのりとレモン風味のサッパリしたケーキである。
何年か前に無性に食べたくなって母にレシピを聞いたときは、
「私も探してるんだけど見あたらないのよ~」と言われたのだが、
先月実家に帰った折りに偶然に古いノートから発掘された。
(違うものを探していたときに見つかったのである)
この数年、いろいろとレシピを探して作っては見たが、
どれも違うなあと思っていた。
今回レシピを見て納得。
クリームチーズではなくてカッテージチーズだったのだ。

そんなわけであれこれとおやつを作っていると体重が増えてくるのもまた真理。
困ったねえ・・・。

そういえば実家にいるときに、吉永小百合がCMに出ていた
「植物性乳酸菌飲料」が気になって、
こちらに戻ってきてから飲んでみようと思ったのだがなかなか見つからない。
ダーリンに説明しようにも商品名を覚えていなくて
(その後調べたら「ラブレ」だった)、
「ほら、吉永小百合がCMにでてるじゃない」といっても、
「さあねえ?」と生返事が帰ってくる始末。
あんなにしょっちゅうCMをやっているのだから、
2人でテレビを見ていてこのCMになったら「これこれ」と言おうと思ったのだが、
そう思うとなかなかこのCMが出てこない。
(あんまりテレビ見ないというのも敗因か)

近くのスーパーを3軒見てもなかったので、
もうちょっと大きなスーパーに行かないとダメなのかな、
と思っていたのだが・・・。

商品名だけでも探そう、と「吉永小百合・乳酸菌飲料」で探したら、
あっさりカゴメラブレのHPがヒットし、
よく見たら「東北・関東甲信越・東海・北陸地域にてお求め頂けます」とあった。
この辺では売ってないんだー(なんでだろう?)。

さらに実家にいるときにお昼にごろごろしながらテレビをつけたら、
○×△菌が腸内環境を改善するというような番組をやっていた。
最初はぼけっと見ていたので菌の名前がわからない。
最後まで見たが結局わからず、うーん、と思ったのだが、
番組を見切ったところ、スポンサーがヤクルトであることが判明。

ヤクルトなんて小学校の給食以来飲んでいない気もするが、
まあ腸内環境改善のために飲んでみるか、とスーパーに行ったら、
普通のヤクルト以外にヤクルト300などというものもある。
何となく気になってネットで検索したら、ヤクルト菌が400億個入っている
その名も「ヤクルト400」というものもあるらしい。
こちらはなぜかスーパーにはおいておらず、
ヤクルトレディに持ってきてもらわなければならない。

そんなわけでヤクルトレディさんに来てもらいましたよ~。
「便秘気味なので」といったら、
「それでしたらヤクルト400よりビフィーネSがオススメですね」とのこと。
なんだかんだと議論の末、両方買ったワタクシ・・・。
ヤクルト400は小腸に、ビフィーネSは大腸に効くらしい。
「今日飲んで明日には腸内環境が改善されるわけではありませんので、
気長に飲み続けて下さい」・・・って、
何かとても良いお客さんになってしまった感じ。
ま、いいか、薬飲むよりは。

体重は増加傾向にあるが、お肌の調子はすこぶるよろしい♪
今月から化粧品を変えたのだが、その効果かしら・・・。
茶道のお稽古
2006年10月20日 (金) | 編集 |
先週からお茶を習い始めた。
以前からやりたいとは思っていたのだが、気持ちとしては「うっすら」としたもので、
「いずれやりたいなあと思うものリスト」に入っていた程度である。
ちなみにこのリストに入っている他のものは
・声楽
・バイオリン
・フランス料理(それもとびきり現実的でないもの)
・お菓子
・デューク更家のウォーキングレッスン
・かづきれいこのメイクレッスン
・香道
・お琴
などなど。

昨日書いたアロマセラピーはこのリストより一段上なので、
気持ちとしては「もう今すぐ始めたい!」くらいの勢いなのだが、
なぜかお茶が先になった。
理由は簡単、友達が始めるから一緒にやらない?と誘われたため。

女子校育ちのワタクシ、実は高校時代にも大学時代にも、
学校が斡旋してくれる校内活動で茶道をやっていた。
この校内活動というのは部活とかクラブではなくて、
いわばお稽古ごとに近い。
先生が学校まで来てくれるので(ちゃんと茶室もある)、
お月謝を学校に納めるというシステムで、
学校が多少負担してくれているのかお月謝は相場よりだいぶ安い(と思う)。

ここでマジメに取り組んでいれば今はだいぶ違ったと思うのだが、
ワタクシの根気は長く続かなかった。
原因としては
・人が多いため、1時間以上正座しても自分の番が回ってこない
に尽きるような気がする。

あとから考えてみれば、ある意味「ガマン比べ」だったとも言える。
みんな訳がわからないまま長時間座らされているのに耐えかね、
一人また一人と姿を消していっていたわけだから、
3ヶ月くらいガマンしておけばまともな指導を受けられる程度の人数にはなったはずだ。
多分それでガマン比べに勝った人たちが二年生三年生になっても続けていって、
4月にずらりと新入生が入ってきても涼しい顔でお手前をしていたのだろう。

で、大学に入学して、また大学でも同じような校内活動があるのを発見、
今度こそはとリセットする気持ちで入ったというわけ。

こちらは人数も少なく、茶室も立派なもので(さすが私立女子大学)、
本格的なものではあったのだが、いかんせん、私の飲み込みが悪すぎた。
週に一回というのは忘れるには充分な時間で(←すごい言い訳)、
次の週に行っても、はてどう動くのか、なにが必要なのか、
ほぼ完璧に忘れているのである(←むしろ自慢げ)。
ある程度進んでくると一種の問答(?)があり、
「棗の塗りはどちらですか」などと先生に聞かれるのだが、
毎週「ええと、どちらでしたっけ」と先生に聞き返していた。
大学にある棗なんてせいぜい数種類なのだが、
それらがローテーションで回ってくる頃にはやはり完璧に忘れていたのである。
根本的に関心がないのだろうかとこの頃自問自答していたほどであった。

まあそんなわけで、その後ずっと茶道には興味がありつつも、
「私には向いてないのかも」と思う下地は充分で、
なかなか再開しようという気持ちがわかなかったのだが、
友人が始めるというので私も便乗してみた。

ちなみに初回のレッスンで先生の動きをつくづくと眺めていたが、やはり
「全てキレイさっぱり完璧に」忘れていることがわかった。
先行き不安である・・・。

そういえば、昨日はヤクルトおばさんレディが家にやってきた。
現在冷蔵庫にはヤクルト400とビフィーネSがずらり7本。
カラーセラピー・アロマセラピー・リフレクソロジー
2006年10月19日 (木) | 編集 |
仕事を辞めるかどうかという頃のこと。
私のめまいは心因性の部分も多そうだから、と病院でカウンセリングを勧められた。
こういうのって本当に縁である。

「家から一番近い病院だから」というだけで選んだ病院だったが、
東洋医学も取り入れていて、処方してもらった漢方薬はよく効いたし、
(血流が良くなったらしく、生理痛まで改善されたのだ)
病院の中にカウンセラーの資格を持つ薬剤師さんもいて、
今から思えばここの病院に行って本当に良かった気がする。
(現時点は全く通院していない。)

ここのカウンセラーは主に「オーラソーマ」というカラーセラピーを行っていた。
以前からオーラソーマには興味があったので
(相川七瀬がなにかの雑誌で取り上げていたのを読んだのだ)、
確か次の日にすぐ予約を入れてもらった。

同じ一人の人間でも一年前と今とでは思っていることは違うし、
昨日考えていたことと今日考えていることだって違うことは多々ある。
もっといえば、5分前に考えていたことだって「今」とは違うことだってある。

カラーセラピーは(私は専門家ではないからきちんとしたことは言えないが)、
その瞬間瞬間の「気持ち」を反映している分析ツールである。
私がカラーセラピーを受けたという話をしたら、
「カラーセラピーって当たるの?」という聞き方をした人が何人かいたが、
カラーセラピーは心理分析の単なるツールであって、占いではないということ。

自分で言うのもナンだが、私はある程度自己分析が出来ていて、
どんどん悪くなっていく自分というものを少しは客観的に見ていたから、
カウンセリングを受けたことで劇的に何かが変わったと言うことはなかった。
ただ第三者から冷静に言われたことは良かったかな。

このカウンセラーはオーラソーマ以外にアロマテラピーもやっているらしく、
部屋の香りも気持ちが休まるような感じだし、
帰り際に渡されたアロマカタログ(販売用ではなくて精油の調製方法などの冊子。
私が植物の研究をしていると言ったのでわざわざくれたらしい)も面白かった。
ふーん、こういうのもあるんだー、という印象で・・・。


実家でしばらく療養した後、だいぶ回復してこちらに戻ってきて、
ふと、「アロマテラピー」なるものを勉強したい、と思った。
身近な人にちらりとそんな話をしたのだが、
どうも頭の中でぼんやりとしているだけで、具体的にまとまってこない。
アロマテラピーを教えているエステの先生と話をすると、
「マッサージ方法も含めて基礎から教えますよ。
頭で覚えるばかりでは身に付かないから、徐々に他人への施術も増やして、
うまくなってきたらウチの店でバイトっていうかたちで雇えますし」
といわれて微妙に違和感・・・。
イヤ、ワタシは、エステティシャンになりたいわけじゃないし・・・。

アロマオイルを数多く販売しているお店で
「こちらのお店ではアロマスクールとか、ないんですか?」と聞いたら、
「月に一回くらいのペースで講習会はやってますよ。
先月は精油を入れたハンドクリームの作り方の講習をしました」という。
ハンドクリームの作り方って・・・。
(材料入れて混ぜるだけじゃん。言い過ぎかなあ)

そういうんじゃないんだよなー。

と思いながらあっという間に一ヶ月。
そうこうしていたら近所のマッサージサロンで、
「家族のためのリフレクソロジー講座」をするという。
(リフレクソロジー:主に足裏の反射療法のこと。)
実家にいるときに父の足裏をイヤになるくらい揉まされたのだが、
中途半端な知識でやっていたので、どこに何の反射区がある、
というのは知っているのだが、どういう流れでやっていったときに、
効率的に老廃物が流れるのかなどがよくわからない。
おおっ、これはワタシのためにあるような講座ね!とすぐに申し込んだ。
(一日限りの単発講座だったのである)

先生の足を相手に格闘すること数時間、
「本当に、ほんっとーうに、初めてですか?」と言われたほど、
わたくし才能があったらしい。おほほほほ。
ツボの位置、力のいれ具合、リズム等々、素人離れしているという。
あとからわかったのだが、この先生は専門学校でも教えているし、
近所の岩盤浴サロンでのマッサージ部門で指導もしていたらしく、
「これは本当に才能。どんなにやる気があっても、
出来ない子は気の毒なくらいいつまでも出来ない」というので、
まんざらお世辞でもなかったらしい。
ま、あれだけ毎日のように足を揉まされていたら、
なんとなくわかってくるところもあったのだろう。

帰り際に「追加講座も受け付けますよ」と言ってくれたので、
もしよかったらダーリンを連れてきてもいいですか?と提案してみた。
最近ダーリンは肩が痛い、首が痛い、腰が痛いと、常にどこかしらが痛いらしいのだ。
その状態で連れて行って、
「こういうときはここをこういう風にマッサージする」と教えてもらいたい、
と提案したらあっさりOKとのこと。
で、この前の日曜日に2人で行き、
首・肩・背中・腰のマッサージをじっくり2時間、教えてもらった。
本当は足から始めて少しずつ上がっていき、
最後は首から頭のツボをやればばっちりらしいのだが、
そうすると優に一時間を超えてしまう。
さすがに毎日寝る前に一時間もマッサージするのはシンドイので、
「今日は足ね」「今日は背中ね」とちょっとずつ分けてマッサージ。
やっぱり寝る前に少しでもマッサージすると違うらしく、
最近ダーリンはすぐ寝付いている。

そんなわけで知らなかった自分の才能(自画自賛)に驚いている今日この頃。
ちなみに昨日買ったアロマオイルはジンジャーオイルがブレンドされていて、
血行促進にいいと思ったのだが、ダーリンはイマイチ好みではなかったらしい。
(インスタントの生姜湯と同じ匂いがする)
まだまだ奥が深いなあ・・・。

奥が深いといえば茶道も同じね。
初心者用の本を探さねば。
と、こうして毎日忙しく過ごしているというわけ。
ベルヌーイの法則
2006年10月18日 (水) | 編集 |
体調が悪かった夏頃、たいてい家で寝ていたのだが、
それでも「今日は割合調子がいいな」という日はほんの少し外出していた。
とはいえいつ「クラッ」とするかわからないという不安があった。

あれは日曜日だったか、割合体調が良かったので、
ダーリンに車でスーパーまで連れて行ってもらった。
が、やはり店内でクラッとして醤油の棚の前でへたり込んだ私を見て、
ダーリンは「麦実ちゃんが行っていいのは○○から××以内」と厳命した。
ちなみにどちらも家から200メートルくらいの距離である。

まあそんな調子だったから、自転車なんて怖くて運転できなかったし、
ましてや自動車を走らせたらそれこそ走る凶器である。
ゆっくりゆっくりと、のそのそと歩くしか移動手段はなかったわけだ。
だから日傘を差してのんびりと歩いていた。

が、ようやく最近になって自転車が乗れるようになった。
ますます行動範囲が広くなった。
しかし問題は自転車だと日傘が差せないことにある。
(日焼けするのがイヤなので。)

先日自転車で出かけたのだが、お気に入りのUVカット帽子をかぶっていたら、
風にあおられて帽子としての役割をちっとも果たしてくれない。
一応ゴムは着いているので飛ばされることはないが、
わずかな風でふわっと帽子が浮いて、すぐ首の裏側に帽子が行ってしまう。
ずっと片手で押さえながら運転する羽目に陥り、
なんだかもう怒りすら感じてしまった。(何に対してだか・・・)

そんなわけで以前から気になっていた通販生活の「ベルヌーイの帽子」
なるものを怒りにまかせて注文したのが先週のこと。
(ベルヌーイの法則を応用した風に飛ばされにくい帽子である)

昨日届いたので早速かぶって自転車でお買い物へ。
おおおっ、本当に全然風で浮かないではないか。
ただし大風が吹いたら多分飛ぶだろう。
今のうちにゴムをつけておくか・・・。

今日は「生活の木」で肩マッサージ用アロマオイルを購入。
効くといいなー。
ようこそここへ
2006年10月17日 (火) | 編集 |
ようこそ、いらっしゃいませ。

ここに辿り着いた推定4名の方、お久しぶりでございます。
ほんの一瞬だけ、以前のブログを再開させたのですが、
やはり装いも新たに心機一転、と思ってこちらに移動致しました。
こちらに辿り着くには、ダーリンと私のホームページ(この数年更新していない)、
あるいはダーリンのブログから飛んでくるしかありません。
そちらからいらした方、本当にお久しぶりです。
私の体調その他であれこれご心配をおかけしてしまって、
本当にすみませんでした。
温かいコメントをいろいろ書いて頂いたこと、
今さらながら、心より感謝致します。

今年の暑かった夏。
歩くことはおろか、立ち上がることすらおぼつかなかった日もありました。
ダーリンに不自由な思いをさせて、一ヶ月弱を実家で過ごし、
徐々に、本当に徐々に、良くなっていくことが出来ました。
行動範囲をわずかずつ広げ、近くの公園まで、あのスーパーまで、
隣の駅まで・・・。
これを書いている今現在は、自力でほとんどのところに行けるようになっています。

調子が悪くなったことで、失ったものもありますが、
逆にそのおかげで得たこともたくさんありました。
そんなこともまた少しずつ、書いていくつもりです。

というわけで、これからもまた、よろしくお願い致します。
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