mugimiの怠惰な毎日をだらだらとお送りします
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もっと人と素敵な関係になりたい
2007年05月24日 (木) | 編集 |
岡山もいよいよ自動改札が導入されることになった。
岡山駅は既に自動改札になっているが、
我が家の最寄駅も現在工事中で、
来週早々には自動改札に切り替わるらしい。

それでふと思い出したのだが、
東京で自動改札が導入される前、JR東日本がせっせと流していたCM。
(多分20年近く前ではなかろうか)

鈴木保奈美が自動改札を通ろうとして、
切符を一瞬探して、直後に思い出して
帽子にはさんでいた切符を取り出して機械に通す、というCM。

今でこそ「鈴木保奈美」といえば、
美人女優としてほとんどの人に記憶されているところだろうが、
当時の鈴木保奈美は(デビュー直後だったのか)さほど知名度もなく、
イマイチ垢抜けていなかった。
しかもヘンな帽子をかぶっていたりしたものだから、ますます。
このCMをみるたびに、
「この人は・・・きれい・・・なのか?」
と思ったものである。
(デビュー直後の宮沢りえも同様)
それがあれよあれよという間に垢抜けて綺麗になっていったのだから、
私の見る目が全然足りなかったということなのだろう。

最後に出演した(多分)NHKの大河ドラマ、「元禄繚乱」なんて、
鈴木保奈美が画面に出るだけで思わずほーっとため息が出るほどだったもんね。
このドラマに出ていた女優さんたち、
涼風真世とか、鈴木砂羽も充分綺麗なのに、この女優さんたちに
「まるで絵から抜け出てきたような」と
(セリフで)言わしめるのにふさわしいほどの美しさだった。

そういう意味では今回の大河ドラマ、「風林火山」のヒロイン、柴本幸は
私としては
「この人は・・・きれい・・・なのか?」という状態。

ということは、この人もあれよあれよという間に垢抜けて、
綺麗になっていくのかなあ・・・。
期待しとこ。
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なんにもみえないあなただけ
2007年05月23日 (水) | 編集 |
ラジオをつけてパソコンで作業をしていたら、
ものすごーく昔に聞いたことのある曲が流れてきた。
高田みづえの、「たたーん、た、たたた、たたたたたー」
というリズムの曲。
(これで分かる人いるんだろうか)

思わずそのラジオ番組のHPを検索したところ、
あっさり「潮騒のメロディー」という曲であることが判明。
ちなみに1979年発売とのこと(私が小4のときということになる)。

この曲で印象的なのは、
「なんにも見えないあなただけ」というフレーズで、
それ以外の歌詞はほとんど覚えていなかった。

で、勢いで歌詞も検索したところ、
この印象的なフレーズの後にはこう続く。

何にも見えない あなただけ
やさしい言葉の あやとりを
海の果てまでも 続けたい
誰も知らない 愛の世界


そ、そ、そ、そうだったのか!!!

いや、私、実はですね・・・。
「なんにも見えないあなただけ」というフレーズは、

なんにも見えない・あなただけ

ではなく、

なんにも見えないあなた・だけ

と思っていたのである。
つまりこの曲を歌う女性には目の見えない恋人がいて、
「なんにも見えないあなた・だけ」
というかなり切実な決意表明だと思っていたのだ。

いやー、びっくり。

ちなみにほぼ同時代の沢田研二の「カサブランカ・ダンディ」、
(この話どこかで書いたかもしれないが)
出だしが

ききわけのない 女の頬を
ひとつふたつ はりたおして


なのだが、
かなり大きくなるまで

キキは毛の無い女の頬を

だとずっと思っていた。
誰だよキキって・・・。
何だよ「毛のない女」って・・・。
(幼心に世の中にはいろんな人がいるのだとなぜか納得していた)

そういえばいまだに父親に馬鹿にされるのが、
中学時代にモーツァルトの
アイネ・クライネ・ナハトムジーク」K.525
のレコードを音楽の先生に借りたとき。
(そういうおおらかな学校だったのだ)

アイネ・クライネ・ナハトム・ジークを貸してください」
と書いたメモをそのままにしておいたら、
多少ドイツ語の知識がある父親に見つかり、涙を浮かべて笑われた。

Eine kleine Nachtmusik だからねえ。

英語で書いたら
A little night music なので、
私のメモは「ア・リトル・ナイトミュー・ジック」だろうか。
今ひとつ面白味がないか・・・。
洗えば落ちる
2007年05月17日 (木) | 編集 |
世の中のコスメはウォータープルーフばやり。
「泣いても落ちないマスカラ」とか、
「マロにならないアイブロウペンシル」とか、
「汗をかいても落ちにくいファンデーション」とか。

私は時代と逆行して、
なるべくぬるま湯で落ちるファンデ・マスカラ・アイライナーを愛用している。
理由は簡単、だってそのほうが楽でしょ?

エステでメイクをしてもらうと、
数時間後にはパンダ目になってしまう。
奥二重なのでまぶたの皮脂がまつげにつきやすく、
これがクレンジングになってしまい、
まばたきすると下まぶたについてしまうらしい。

最初はせっせとビューラーで上げてみたり、
トップコートをしてみたり、
あるいは下まぶたにパウダーをつけたりしたがどれも効果は今ひとつ。
やはり数時間後に外出先で鏡を見て
「うわああああっ、こんな顔で歩いてたのか!」となる。

しかもマスカラは落としにくい。
最近のクレンジングはマスカラも落とせる、というのがウリではあるが、
一時期の中山エミリのCMのように、
まぶたの上でマスカラのグリグリこすって落とすのはまぶたに悪そう。
やはりコットンを使って、
ポイントメイクリムーバーでソフトに落とすのが正解だと思うが、
ウォータープルーフタイプのマスカラはそれでもなかなか落ちない。
(それでゴシゴシ落としたらますますまぶたに悪い)

私は(これを読んでいる人なら誰でも分かると思うが)怠惰なので、
そうなってくるとそれ以上の努力をしようとは思わない。
いきおい、「マスカラなんてしなくていいじゃーん」という方向になる。

が、あれは何年前だったか、マツキヨで「ぬるま湯で落ちるマスカラ」
というものを発見した。
オペラのマイラッシュというもの。
しかも安い!(1200円)
これは試さねば、と買ってみたらこれが大当たり。
ぬるま湯には溶けるが油には強いらしく、全然パンダ目にならない。

どうやら「フィルムコート処方」というのがキーらしい。
と思って、これの次はデジャヴュのファイバーウィッグを買ってみた。
(本筋から逸れるがこの二つは同じ会社だったのね!)
これまたらくちん。

そんなわけで、特に外出する予定が無くても、
毎朝洗顔後はちゃんとファンデもアイライナーもマスカラもつけている。
家でダラダラすると際限ないからねえ。
そうはいっても毛穴をふさぐほどビシッとメイクしているわけではなく、
上述したようにぬるま湯でバシャッと洗えば落ちるので、
この辺の「ゆるさ」が今の私にはちょうど良いみたい。
資格マニア?
2007年05月16日 (水) | 編集 |
意を決して来月のTOEICを受けることにした。
多少は(TOEIC用の)勉強をしておいたほうがよいのだろうか。

TOEICを受けるのは実は初めてではない。
前回は、えーと、うわっ、15年くらい前だっ。
その当時で何点だったのか、全く覚えていない。
多分ろくな点数を取れなかったので、意識的に忘れたのだろう。
(記録も手元にないしねえ)

当時と今とでさほど英語力に変化があるとは思えないが、
確実に変化があるとすれば
「集中力がもたなくなった」ことだろうか。
TOEICは2時間の長丁場だからなあ、途中で力尽きそう。

英検も考えたのだが、英検の場合「合格」「不合格」のどちらかだから、
落ちたときのショックは大きい。
今の私の実力を測る意味ではTOEICのほうが向いてる気がする。

以前に書いたかどうか思い出せないのだが、
「あの時受けとけばよかった」と思う試験がいくつかある。

私は何しろ英検三級保持者だから(笑えない)、
今さら履歴書にも書けない。
高校時代に英検二級にチャレンジしておけばよかったものを、
部活に明け暮れて気がついたら大学生になっていた。
大学に入ったら自分でも英語力がみるみる落ちて行くのがわかったから、
その時点で英検を受けようという気にはならなかったんだよなー。

あとは乗馬。
新婚間もなくダーリンと二人で出来る趣味を作ろう、と始めたのだ。
ダーリンは元々馬好きだし、私もやってみたら案外楽しくて、
そうだなあ、何年くらいやったんだろう・・・。

「今の二人のレベルだったら、4級は楽勝。
もうちょっと頑張れば3級受かるよ」といわれ、
その気になったが「もうちょっと頑張る」手前で終わってしまった。
乗馬クラブは在籍しているだけでそこそこの金額を取られるので
(といっても今のスポーツクラブの月会費とあまり変わらないが)
ダーリンが会社を辞めるときにクラブも辞めてしまった。

楽勝といわれたときに4級を取っておくんだったなあ。
(それでわざとらしく履歴書に書くの。ははは)

最近アロマを習い始めたが、その教訓から、
次のアロマ検定を受ける予定。
一応アドバイザーの資格までは取ろうと画策中。
仮定リプレイ
2007年05月15日 (火) | 編集 |
「スキップ」の読後感の余韻をまだ楽しんでいる。
(詳しくは5/12の日記参照。)

高校時代から今にかけて、それこそものすごくたくさんの選択肢があり、
その都度その都度で自分で取捨選択して今にいたるわけだが、
「あのときあっちの道を選んでいたら・・・」と思うことも数多い。

大学4年のとき、私は進学が第一希望で、
実際それを阻むものはなにもなかった。
(家族の理解も得られていたし、経済的に進学も可能だったので。)
それでも周りが就職活動をして、
次々に社会人への階段を登り始めているのを見ると、
内心、心穏やかではいられない。

私がお世話になった卒論の先生は、
その前の年に某T大を定年退官したばかりだった。
そこそこ知名度もある先生だったので、まあ「顔が利く」わけである。
私の同期生は全員就職希望だったが最初はなかなか決まらなかったので
(いわゆるバブル崩壊直後の代である)、
先生が心配してあちこちに声をかけたところ、
それなりに求人があれこれと寄せられたのである。

中でも熱心だったのは千葉県にある某研究所。
私の同期生はすぐに断ったのだが(自宅から遠かったので)、
それだったら他の研究室で誰かいませんか、
とかなり熱心にラブコールをされた。

研究所だったら研究も出来るし、
それでお給料がもらえるのはいいかもなあ・・・。

と、一瞬心揺らいだのは確かである。

もっとも私は「進学希望だ」とそれ以前からはっきり表明していたので、
周りも先生もそのつもりで私を扱っていたから、
私が心揺らいだのは誰も知らないのだけど。


ちなみにその研究所はかずさDNA研究所、という。
数日前ふと思い出して検索したのだが、研究所の歴史を見ると、
平成3年 2月14日 研究所設立総会開催
とある(研究所が開所しているのは平成6年である)。
私が大学を卒業したのは平成3年の3月だから、
この歴史からすると、研究所が出来ることは決まっていても、
実際に研究所が出来るよりもだいぶ前になってしまい、どうも話が合わない。
この研究所の前身だったのか・・・?

あのときに熱心に誘ってくださった先生のお名前でも思い出せればいいのだが、
あいにくすっかり忘れている。
同期生に聞いても多分みんな忘れているだろう。
(みんな研究とは違うお仕事に行ってしまったしね)

もしあのとき進学を振り切ってここに就職していたらどうなっただろう。
多分テクニシャンとして仕事をしていたのだろうが、
結構楽しんでやっていたのではないかと思う。
かずさDNA研究所は当時は無名だったが(設立前だしね)、
今じゃとっても有名になって一流研究機関だもんねえ。

入社時は業績も知名度も低かった企業が、
自分が入ったとたんにあれよあれよと大きくなって、
その成長を間近で見られたら、それはすごく面白いような気がしない?

もっともダーリンと結婚することは
その当時で既に(心の中では)決めていたから、
ある程度の年齢になったら辞めていたのかなー。


もう一つ、修士を卒業するときにも、
最初は就職する気でいたから(実際には卒業後すぐ結婚したんだけど)、
チラホラと就職活動をしていた。
自分では企業への就職をぼんやりと考えていたのだが、
実際には折り合わず(要は落ちてしまって)、
隣の研究室の教授がわざわざ「こんなのどうかな」と持ってきてくれた。
これはつくばにある研究機関で、やはりテクニシャンのお仕事。
当時私は細胞培養をガンガンやっていたので、
それを隣の教授が見ていて買ってくれたらしい。

ちなみにその研究所は、つくばにある理化学研究所
隣の教授は私の実家が柏であることも含んだ上で、
仕事内容も場所もいいのでは、と勧めてくれたのだった。

これもなんだかんだで結局お断りしたわけだが、
もしここに行っていたらどうなっていただろうか・・・。
つくばの理研も一流の研究機関だしねえ。
優秀な研究者がたくさんいる研究機関にいたら、
刺激がたくさんあって、面白かっただろうなあ、と思ったり。

ま、ここも結局結婚したら辞めていたかもしれないけどね~。


・・・などとつらつらと考えながら楽しめるのは、
今が幸せだからに他ならないのかしら。ふふふ。
夢と現実
2007年05月14日 (月) | 編集 |
数日前からくしゃみばっかり出るのだが、風邪でもひいたのだろうか。
くしゅん。

ものすごく面白い夢を見たので、
これはブログに書かなければ、とうつらうつらしながら思っていたのだが、
今思い出そうとしたら全然思い出せない。

以前何かで読んだ話だが、
アメリカ人の映画監督があまりにも感動的な夢を見たときのこと。
これは忘れてはいけない、次の映画のヒントになる、と思って
がばっと起きて手近なものにメモをして、
これで安心、夢の続きを見よう、とベッドにもぐりこんだ。
朝起きて、さてあの感動的な夢はなんだったか、とメモを見たらそこには
A boy meets a girl.
と書かれていたという・・・。

そうそう、最近もまた見たのだが、
私の夢の中にはよく
「上下だけでなく、左右にも動くエレベーター」
が出て来る。
「チャーリーとチョコレート工場」を見た人ならイメージできるだろう。
もっとも私の夢に出てくるエレベーターは、ガラス張りではないけど。
(一応主張させてもらうと、あの映画を見るより前からこの夢は見ていた。)

日曜日(昨日か)の朝の夢では、
ものすごく金持ちの私立学校に行った、という設定だった。
上の階から食堂かどこかに行く、ということで、
「食堂」のボタンを押したら、しばらく下がって、
その後横に動いて(なぜか会議室の上をスライドしていることはわかる)、
しばらく行ったら向こうの山に移るべく、ロープウェーになっていた。
(向こうの山には牧場があるので、牧場と食堂が併設されているらしい)

しかしこのロープウェー、よく揺れるねえ・・・。

と思ったら地震だった(←これは現実)。

この時点で既に朝8時ごろだったのだが、
また二度寝していたらその間にダーリンは起き出していたらしい。

で、次の夢は中学生たちの焼いたチョコレートケーキの点数をつける、
という審査員をしていた。
4班に分かれてみんなそれぞれチョコチップを入れたり、
チョコレートでコーティングしていたり・・・。
なんとも香ばしい・・・。

と思ったら、ダーリンが朝ご飯にホットケーキを焼いていた
(↑これは現実)。

起こされる前に味見しておけばよかったっ。
スキップ
2007年05月12日 (土) | 編集 |
先日北村薫の「スキップ」を読んだ。
17歳の女子高生が文化祭から帰って家でうたた寝をしていたところ、
ふと目覚めたら25年先に飛んでいる、という物語。

自分は「25年後の自分」なので、
既に結婚して子供もいて職業もある。
しかも子供が自分と同じ17歳、という設定。

これは非常に面白いし、かつ考えさせられる話だった。

ダーリンにこの本の話をしたところ、
「ああ、リプレイみたいな感じか」と言われて「やっぱり」と思った。
実は私も読んでいる最中に何度も無意識に比較してしまったのだ。

大して読書量が多くもない私やダーリンが思うくらいなのだから、
他の人も同じように思うのだろう。
作者もそれを感じてか、この本には珍しく「付記」がある。

「(前略)遅々として進まず、最初にお話をいただいてから、
何と入学した小学生が卒業するだけの時間が経ち、その間に
ケン・グリムウッドの傑作『リプレイ』が出てしまった」

とある。
「オレのほうが先に考えていたのに・・・」と思っても、
学術論文と同じで先に出されたら
世間からは「二番煎じ」と言われるからねえ。


読み終わってからつい自分と重ねてしまうのが私のクセだが、
17歳の私が突然、今現在の私に飛んできたらどう思うだろうか。
「この人があなたの夫ですよ」とダーリンを前にしたとき、
やはりこの本の主人公のように
「おじさんだ・・・」と思うのだろうか。
逆に高校生のときのダーリンが今のダーリンに飛んできて、
私を見たら、「おばさんだ・・・」と思うのだろうか。
(そんなこと言われたらひっぱたいてやる)

当時の私が今の私を見たら、
不甲斐ないと思うのかなあ?
でも結構充実して幸せに過ごしていて、
よくやったじゃん、私、と思うのかもしれない。
たるんだ肉体をみて「何してたんだ、私!」と思うかもしれないが、
ところがどっこい、高校時代のほうがもっと太ってたんだもんね-だ。

いずれにしても、読んだあとにこれほど考えさせられる小説を
書いてくれた作者の想像力に感謝。

で、ダーリンのGWのあれこれの続きは例によってコチラ

GW企画 手作り絵ハガキの旅 第2夜~その2
マンションでの隣近所
2007年05月11日 (金) | 編集 |
数ヶ月前からマンションに移り住んでいる友人が、
「隣の住人がベランダでタバコを吸っているのだが、
窓を開けていると風向きによっては煙が自分の家に入ってくる」
と言っていた。
かなりご立腹の様子で、
「これから夏に向けてますます窓を開けておくことが増えるから、
管理人さんに言って張り紙をしてもらおうかと思って」
とのこと。

私もタバコの匂いがダメなたちだから言っていることはよくわかる。
ウチも全く同じで、隣がやはりベランダでタバコを吸うらしく、
洗濯物を干しているとふわーっと煙が漂ってきて
思わずむせてしまうこともある。

しかし、だからといって
「ベランダでタバコを吸うな」というのは、
ちょっと気の毒な気がする。
向こうは向こうでタバコを吸う権利があるわけだし。

こういうのって、難しいよねえ。

もうだいぶ前だが、我が家の真下の住人がどうやらウーファーを買ったらしく、
深夜にいきなり「ドン、ドン、ドドン、ドン、ドン♪」という
すさまじい重低音が響いたことがある。
マンションを買ったときに会社の人に
「横の音はほとんど聞こえませんが、
上下の音は音域によっては良く聞こえます」
と言っていたのを思い出し、これか・・・とシミジミ。
実際、その「ドン、ドン」という重低音しか聞こえず、
本来の主旋律は全然聞こえなかったものねー。

迷ったが、下の住人もこんなに聞こえているとは知らないのだろうし、
向こうに悪気はないのだろうから、
「聞こえていますよ」とこちらから言わない限りは気づかないだろう。

・・・と思ってなるべく穏やかな文面で手紙を書いてポストに入れたところ、
次の日から重低音がしなくなった。
せっかく買ったウーファーはどうなったのだろうか。ははは。


そういえば以前に読んだ甘糟りり子さんのエッセイで、
「エレキギターを弾けるようになりたい、と思って、
深夜密かに練習すること数日。ある日管理人さんから手紙があり、
夜中に三味線の練習をするのは控えて欲しい、と書いてあった」とか。
苦情云々より「三味線の練習」で力が抜けてエレキギターも手放した、
という話があったなあ・・・。


あ、ダーリンがせっせと書いているGW顛末の続きはコチラね

GW企画 手作り絵ハガキの旅 第2夜~その1
今さらGW明け
2007年05月10日 (木) | 編集 |
いつの間にやら誕生日もGWも過ぎ去りハラホロヒレハレ。

大学院に入ってからというもの、
GWというのは「ゴールデンワーク」だったから、
世間が休もうが遊ぼうが関係なく毎日毎日畑で作業していた。
去年は実験材料が変わったから毎日行く必要はなくなったが、
それでも水やりだなんだと完全には休めなかった。
そんなわけで今年は本当に何年ぶりかという完全休養のGW。
(もっとも現在の私は休日でなくてもお休みなんだけどね・・・)

という今年のGW前半はダーリンの腰痛とともに始まって終わった。
ダーリンは靴下を履いたり脱いだりはもちろんのこと、
とにかくありとあらゆる動きが出来なかったから、
ワタクシ愛情を込めて(!)こまごまと世話を焼いた。
が、日に日にダーリンは回復して、
私の手を借りなくてもあれこれ出来るようになってくる。
それはそれで非常にありがたいことではあるのだが、ちょっぴり寂しくもある。
数日前まで悲痛な声で「麦実ちゃぁ~ん」と助けを求められていたのに、ねえ。
子供が親離れをするときの母親のような、ちょっと複雑な心境。
(経験はないのでわからないけどね)


ダーリンが動けるようになったGW後半は、
リハビリと称してあちこちに出かけた。
これはリハビリを通り越して難行ではないか、
と思うような状況にも多々出くわしたが・・・。

この怒涛の数日に起こった様々な出来事は、
ダーリンがものすごく時間をかけてせっせとブログに書いているので、
是非そちらを参照して頂きたい。

GW企画 手作り絵ハガキの旅

そして昨日はエステ。
マッサージをしてもらいながら、
「レーザーでのホクロ除去はそれなりに効果があるが、
何年かたつと、また同じところにホクロが出て来る場合がある」
というえらくリアルな話を聞いた。
「あるいは、かなり皮膚の奥まで組織を削らないといけないので、
その部分だけ陥没したようになる」という話とか。

私は小学生のときに(この話はどこかで書いたような気もするが)
「麦実ちゃん、泥が顔にいっぱいはねてるよ。・・・あ、ホクロか」
といわれて以来、
自分の顔のおびただしい数のホクロをいつか消したいと思っているのだが。

でもたくさんホクロがあるから、シミが目立たないという長所もあるしなあ。
悩ましいところである。
一日早く
2007年05月01日 (火) | 編集 |
アンパンマンケーキを頂きました!!
Mさん大感謝♪

070501


しかし、このケーキで、この誕生日プレートで、
でもロウソクの数は正確。

どう注文したのやら。

Mさん、9月は覚えてなさいねっ!!(予告)
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