mugimiの怠惰な毎日をだらだらとお送りします
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ホクロ取りは痛くない
2008年08月24日 (日) | 編集 |
オリンピック観戦三昧の毎日。
今日で終わりかと思うと寂しいなあ・・・。

さてさて。

私は小さい頃から顔のホクロがたくさんある。
何度も書いた気がするが、小学生の時にゴム跳びが流行っていた。
雨上がりの校庭で夢中になってやっていたら、
「麦実ちゃん、顔にいっぱい泥がはねてるよ。・・・あ、ホクロか」
と言われたこともあるほど。

まあそんなホクロだらけの顔とずっとつきあってきたわけだが、
最近鏡を見ていて「あれっ?」と思ったのが、
なんとなく、前より大きくなってきているのがある・・・?

鼻のちょっと上側面(ちょうどメガネの鼻当てがあたるくらいのところ)の
ホクロが明らかに膨らんできている感じ。
むむむ、いやな感じだなー。
オバチャンになったらポコッとしたホクロになるのかなー。

話は変わるが。

数年前に神戸で占いの館なるところに行ったことがある。
そこでは手相・四柱推命・字画などをミックスさせた占いをしてくれたのだが、
ついでに人相占いも混じっていた。
で、そこで言われたのが、

「額のホクロ(私は額の中心に近いところに小さいホクロが一つある)は、
男の人ならトップに立てる相だけど、女の人が持つと強すぎる」ことと、
「鼻のホクロは離婚しやすい相」と、
「もう一つの鼻のホクロは健康に障る相」とのこと。

良くないことばっかりじゃん!

・・・で、最近膨らんできたと思う鼻のホクロ、
確かこのときに言われた「離婚の相」なんだよなー。
ダーリンとは毎日仲良く暮らしているんだけど、
ここのホクロが大きくなるって、なんだか気分的によろしくない。

というわけで、病院に行って来た。

「ここのホクロ、最近膨らんできたんですけど・・・」
と、おずおずと切り出したところ、
先生がじーっと見て、「まあ、まず悪性の腫瘍と言うことはないので、
そのままにしていても問題はないんですけどね。」
とのこと。
うーん、と半ば不服そうな顔をしたのを先生は見逃さなかったらしく、
「もし取りたいというなら取れますけど。
ただし保険は効かないので自費になります」という。

えーと、自費って、いくらくらいなんでしょうね・・・。

「1ミリで4200円なので・・・、
これだったら(といって手元の普通の物差しで測って)
ちょうど2ミリですね。8400円です」

むむむ、ちょっと高いな・・・。
でも、まあ、年々膨らんできていることを考えると、
来年になったら3ミリ(12600円!)になっているかもしれないし。

よし、取りますっ!

と言ったらあっさり処置室(手術室?)に連れて行かれた。
で、ベッドに横になって
「局所麻酔しますねー」という。
ドキドキしながら待っていたのだが、
「チクッとしますから」といわれたのに、たいした「チクッ」はなし。
採血の時の「チクッ」の3分の1くらいだろうか。
(表面だけだからかな)
で、目の上にちょっとしたカバー(ゴーグルの目の部分だけのようなもの)を
置かれて(レーザー光が目に入らないようにするためね)、
いざレーザー照射!
・・・といってもこれもドキドキする間もなく終了。
一瞬ではないが、それでも数十秒程度。
帰宅してからネットで調べたところ、
レーザー光はボールペンの先くらいの太さ(細さ?)らしい。
2ミリ直径の円をボールペンで塗りつぶすような感覚で、
黒い部分を照射するのだとか。

終わって鏡を渡されたら、ひゃー、本当になくなってるー。

それで軟膏とガーゼ、それに肌色のテープを渡されて、
日々のケア方法を教えてもらう。
皮膚がむけているような状態なので、
そのままにしておくとかさぶたになってしまい、
ひどい場合は色素沈着してしまうとか。
(なんのためにホクロ取りをしたのかわからん。)
なので、とにかく乾かさないように、軟膏を塗って、
その上にガーゼを置いてテープで留めておく。

当日から洗顔は出来るが、あまりその部分をこすらないように、
洗顔したらガーゼは新しいものに取り替えて、という注意を受けた。

先週の水曜日に取ったので、今日で4日目。
当日と次の日は血がにじんでいたが、
昨日あたりから表面を軽くすりむいたくらいの感じになってきた。
少なくとも10日間は乾かさないでと言われているので、
今週いっぱいはテープを貼って過ごさないといけない。

このテープ、肌色なのだが、意外と目立つ。
(顔の中心に近いところだから目立つのかもしれないが。)

みんなに「どうしたの?」と聞かれるので、
最初は「おっきなニキビがつぶれて」と言おうと思っていたのだが、
面倒になって「ここのホクロを取りました」と正直に言うことに。
が、みんな、「そんなところにあったっけね・・・」と一様に言う。
えてしてそうなのかもしれないが、
他人から見たら大したことないんだよねえ・・・。

そんなわけで、もし「こことこことこことここのホクロを取りたい」
と考えていらっしゃる方がここを見ているならば、
「少なくとも10日間は目立つテープを顔に貼っていなければならない」
ことを重々考えて頂ければと思う。
会う人会う人に「そこ、どうしたの?」と聞かれること必至なので、
長期休暇の前にするとかね・・・。
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DVD鑑賞
2008年08月15日 (金) | 編集 |
ものすごくいまさらながら、「博士の愛した数式」と「武士の一分」を見た。

いやー、どちらもすごく面白かった。甲乙つけがたし。
「博士の・・・」の薪能のシーンで、
観客席の中に、小川洋子さん(原作者)いなかった?
そんな気がしたんだけど・・・。

小川洋子さんは岡山市出身で、長いこと倉敷に住んでいた(はず)。
今は兵庫県に移ったみたいだけど、
私が倉敷に来た頃はまだ倉敷市在住だったらしい。
もしかしたら、倉敷市立図書館で、すれ違っていたかもね・・・。

「虚数」って、久しぶりに聞いた単語。
そういうものがあったことは覚えているけれど、
未だにその概念が理解できないワタクシ。

最後のスタッフまで眺めていたら、
「浅丘ルリ子ヘアー シモンいほ子」とあってビックリ。
専属ヘアスタイリストがいるのね・・・。さすが大女優。

「武士の一分」は私の大好きな藤沢周平作品が原作。
なんというか、画面の奥行きがすごく良くて、
ほの暗いんだけど暗いイメージではなく、
かといって不自然なほど明るくもないほの明るさ。
ラスト、ご飯の味で誰が炊いたかわかるというシーン、
泣けてくるねえ・・・(しみじみ)。

あ、ようやく、薬は取りに行きましたよー。
朝早めに行ったのに、かなりの人がいて、
だいぶ待たされてしまった・・・。

これでちょっと調子がよくなるといいなあ。
ダイニングカーペット
2008年08月14日 (木) | 編集 |
昨日の処方箋の話。

自転車で買い物しているついでに、
処方箋受付をしている薬局を発見して勢い込んで入ってみた。

が、「うーん、そのメーカーだと、在庫がないですねー」とのこと。

薬そのものは割合一般的なもの(だと思う)が、
たまたま処方された薬のメーカーがマイナーだったらしい。
内容が同じなら出してくれよー、と思うのは素人の浅はかさで、
「きちんと医師に確認してから」とのこと。

で、昨日の病院に電話したのだが、
昨日診察してくれた先生が不在で、結局薬は買えず。

処方箋の有効期限は4日間らしいので、
明日は重い腰を上げて昨日の病院に行かなくては・・・。
(車でないといけない距離なので、どうも腰が重いのよね・・・。)

自転車で出たついでに、スーパーに隣接している自転車屋によって、
チェーンの調整をしてもらった。
最近どうも緩くなってしまって、力を入れてペダルを踏み込むと、
カンタンに外れてしまうのである。
(その都度悪態をつきつつ手を真っ黒にしてチェーンを戻すのだが、
またしばらくは大丈夫なので自転車屋になかなか行かなかったわけ。)

やり方を眺めて自分で出来そうだったら、次回から自分でやろうと思ったのだが、
あちこちの部品をゆるめて調節するので、とてもじゃないけど無理。
各種スパナとかドライバーとか、持ってないし。
それにチェーンの張り具合もかなり微妙な調整をしていたので、
素人にはその加減がわからないだろうしねえ。
しかも、修理代は315円だから、渋るほどの金額でもないし。

今日はついでにフローリングの上に敷くマット(カーペット?)も
二ヶ所で探したのだが、理想のものが見つからず。

ええとね。

この前、ソージーの欠点を書いたのだが、
そのとき忘れていたが、もう一つ欠点があったのだ。
ソージーは回転しながら進んでいくので、
ラグとか、キッチンマットのような薄手のものを置いていると、
巻き込んでしまって動けなくなってしまうこと。
ついでにいうと(一つじゃなくなったぞ)、
「フローリング」と「タタミ・じゅうたん」は同時に掃除出来ないこと。
(本体下にシートをつけるのだが、タタミやじゅうたんのときだと、
このシートがじゃまになり、タタミやじゅうたんを傷めてしまうため。)

よって、キッチンマットはその都度たたんでどこかに置いているのだが、
問題はテーブル下のラグ。
本当はこここそホコリや髪の毛、
あるいは食べ散らかしたもの(!)などが落ちるので、
重点的にやってほしいところなのである。

というわけで、つるっとした素材のマットみたいなものがないかなあ、
とネットで探したのだが、今ひとつピッタリするものがない。
ネットで探すよりインテリアショップに出向いた方が早いかと考え直して、
近所の大きめのインテリアショップに行ったのだが、
そもそもこういう素材のものがみつからず。

買い物ついでにアンチョビを買って帰ろうと思ったのだが、
なんと近くのスーパーにはアンチョビの缶詰が売っていなかった!!

明日の昼はキャベツとアンチョビのパスタにしようと思ったのにー。

明日は早めに病院に行って、帰りにどこかでさがそーっと。
連日病院通い
2008年08月13日 (水) | 編集 |
昨日は職場での健康診断があった。
「職場での」といっても、場所は車で小一時間のところにある医療機関。
朝イチで行ったものの結局戻ってきたらお昼頃になってしまった。

昨日の健康診断は、
身長体重・視力検査・聴力検査・心電図・胸部X線・血圧測定・血液検査
それと内科の問診とか。
尿検査は諸般の事情で来週やることに。
どれもこれも、ひっかからないといいけどねえ。

そして今日から私はお盆で三連休。
ダーリンは休みじゃないので私だけヒマなのだ。

こういうときに出来ることは・・・。

というわけで、倉敷市から来た「がん検診」のはがきを持って、
某病院に子宮がん検診と乳がん検診をしにいった。
(先週に予約を入れておいたのである。)
普通の個人病院だとお盆はお休みだし、
それに子宮がん検診だったら産婦人科、
乳がん検診だったら内科、と別々の病院に行かなければいけない。
しかし倉敷市はなぜか大きい病院が多く、
こういう大きな病院はお盆とか関係なく診察が行われている。
それに、今日行った病院は「女性外来」というコーナーがあるので、
子宮がん検診も乳がん検診も同時にしてもらえるのだ。

とはいえ、諸般の都合で子宮がん検診は結局出来ず。
一応トライしたのだが、あれやこれやの事情で、
不可能ではないが精度が下がるといわれてしまった。
(このトライアルが、なぜかものすごく痛かった・・・(号泣))

しかも私は生理痛が結構ひどいという話をしたので、
内膜症とか××とか(←伏せ字にしているわけではなく、単に忘れたため)、
考えられる原因がいくつかあるとのこと。
そんなわけで精度の高い検査をして、
その結果によってまた対応を考えたいということになり、
再来週、再度行くことになってしまった。

とりあえず、生理痛に効きそうな漢方薬の処方箋をもらったのだが、
この後乳腺の先生に乳がん検診をしてもらい、
異常なしといわれてホッとしたのか、薬をもらわずに帰宅してしまった。
あまりに痛かったショックからなのか、
あまりに暑かったせいなのか・・・?
(処方箋だけもらってきているので、この時期にやっている薬局があれば、
そこに行けばいいんだけど・・・。)

実は乳がん検診の方が私の中ではメインだった。
最近どうも痛いような気がして・・・。
なにか問題が起きているんじゃないかと内心ドキドキしていたのである。

触診の結果、異常なし、とのこと。
「最近ちょっと痛いような気がして」といったおかげで、
かなり念入りに触診してくれたようだが、
「生理前のホルモンバランスの関係で張っていたのではないか」
というのが結論。ほっ。

自費でマンモグラフィーもやるつもりだったのだが、
(倉敷市では40歳以上が対象なので、それ以下の場合は自費なのである)
なぜか予約が入っておらず、飛び込みでやろうとすると、
めっちゃまたされるということに。
乳腺の先生も「まあ、今回はやらなくても大丈夫でしょう。
半年とか、来年とか、少し時間をおいてこまめに検診はしたほうがいいので、
またそのときにでも」
というので、しぶしぶと引き下がることに。

それにしても最近、全くやる気がないのだが・・・。
検査の結果に異常がない場合、
それはつまり・・・だらけてるってこと!?
みんなわかってくれるわ☆
2008年08月06日 (水) | 編集 |
ダーリンは今日から出張。
つまんないよーーーー。

昨日お風呂に入りながら、
「かくかくしかじかの話をこの人に話すとしたら、
どういうストーリーで話すのがいいか」
ということを考えていた。

時間軸としてはかなり長い(2年くらい)話なので、
その間にいろんな人の考え方とかその時々の気持ちとか、
あるいは立場とかが変化している。
(一日の中でだって考えがコロコロ変わることもあるしね)
その中で起きている出来事について、
そういう不安定な要素を入れながら客観的に話す、というのは、
頭の中で考えただけでも難しい。
時間軸は逆になるけどこのエピソードはこっちに入れた方がいいんじゃないかとか、
何度もやり直ししたりして。

やり直ししつつ気づいたのだが、どんなに客観的にと思っても、
私が話す以上、やはり私の主観がメインになるわけで、
どうしたって感情的な部分が入ってくる。
頭の中での会話をしてみると、そういう、感情的な部分が入ると、
急に説得力が落ちるような気がする。
多分、本当にそうなのだろう。

「ものすごく感動した」とか「ものすごく嬉しかった」とか、
あるいは「ものすごく好き」なんていうのは、
むしろ感情的にわーっと言ったほうがいい。
(そもそも客観的に言うことでもないし。)

一方、「ものすごく悲しかった」とか「ものすごくつらかった」は、
聞いている方にも(心の)余裕がないとシンドイかも。
そういう「悲しみ」とか「つらさ」を(多少なりとも)共有するわけだからね。

そういう意味で愚痴が嫌われるっていうのは理解できるかな。

もっとも、聞いて面白い愚痴もあるから、
一概には言えないか・・・。


そんなわけで、頭の中で考えるばかりではあるが、
考えることで整理も出来るし、また違う発想に思い至ったりする。

愚痴は嫌われると書いたものの、
「他人に愚痴る」ことは、少なくとも言う人間の気持ちがすっきりするし、
と同時に話した相手と「気持ちを共有できた」という喜びもある。

例えば、その愚痴が誰かの悪口だと仮定したとき、
話した相手に「それは相手がひどい。アナタは悪くない」と言われたら、
「私は間違ってなかった」とホッと出来るし、と同時に
「この人は私の味方」と安心出来るだろう。

ふと違う発想になったのは、
こうやって、つまり愚痴であっても自分の意見や考えを発することは、
それなりに意味があるのではないかと思ったわけ。

というのは、これとは逆のシチュエーション、
つまり、思ったことがあっても顔に出さず口に出さず、
じっと腹に収めている場合を考えたため。

やるべきことをきちんとこなし、
イヤなことがあってもじっとガマンをして、
ぐっとこらえていれば、みんな理解してくれる。

・・・と思いがちだが、意外と周囲は理解してなかったりするわけで。

というか、「イヤなこと」がどんなことかは、
きちんと説明しないと他人には理解できない。
十人十色、それぞれの人が思うことは人それぞれだから、
「マニキュアをして実験している人を見ると腹が立つ」とか、
「道具を並べるときはきちんと一列になっていないとイヤ」とか、
「納豆のパックがゴミ箱に捨ててあったら激怒する」とか、
それぞれの怒りのツボは違うわけで・・・。
(ちなみに上述のツボは全て私の怒りのツボである)

そんなわけで、納豆大好きな人がお昼に納豆を食べて、
ゴミ箱に空きパックを捨てたとする。
私がそれを見て激怒したとしても、
「私はなぜそれがイヤか」と言うことを説明しなければ、
周囲の人は「麦実さん、何で怒ってるの?」
「さあ?なんか機嫌悪いんじゃないの?」とひそひそ言うくらいで、
問題は解決しないだろう。

この場合、私が誰かをつかまえて
「納豆のパックが捨ててあったのよー。ニオイが部屋中充満してたの」
と愚痴を言えば、少なくとも私が何に対して怒ったのかはわかるし、
ものすごく上手く展開すれば、愚痴った相手が気を利かせて、
納豆を食べた人に注意してくれるかもしれない。

別パターンとして、私が仮に空きパックを見て激怒したとしても、
その怒りを表に出さずぐっとお腹に収めていたとしたら・・・。

そしたら、何も起こらない。
というか、私が「納豆のニオイがするのがイヤだ」ということも、
誰にもわからないから、これ以降も同じことが起こる可能性が高い。

そう考えると、ぐっと抑えてガマンしていれば、
みんなわかってくれるわ☆
というのは、かなり楽観的であるとも言える。

・・・などということもまた頭の中で考えていたわけ。
頭が疲れるわけだわ・・・。
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