mugimiの怠惰な毎日をだらだらとお送りします
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教室と相性
2007年08月15日 (水) | 編集 |
相変わらず暑い毎日。
日々いろいろなことがあって、いろんなことを考える。
ブログに書くにはそれなりに頭の中でまとめなければならないが、
まとめる前に暑さで溶けてしまうのかちっとも頭に残らない。
ま、今に始まったことではなくて、
毎年夏になるとこんな感じなんだけどね。

さてさて。

ずいぶん前だが、私は塾講師をしていたことがある。
教員免許をとるべく教育実習にも行った。
たくさんの生徒がいると、全員に等しく気持ちを向ける、
というのはなかなか難しい。
向こうからにこにこして話し掛けてくる生徒がいたら、
やっぱりこちらも悪い気はしないものだし、
それ以外にも活発な子、成績のとてもいい子、
あるいは成績のとても悪い子・・・と、
つい「目が行きがち」な生徒もいる。
だからといって目が行く生徒ばかりを気にかけていると、
「えこひいき」と言われかねない。

三浦綾子さんの著書(自伝的小説)に、

小学校の先生時代は生徒全員に目を向けるように努力した。
生徒一人につき一冊のノートを作り、
一日の終わりにそれぞれの子がどんなことをした、どんなことを言った、
ということを書く。
たまにどうしてもその日に何をしていたかを思い出せない子がいる。
そういう場合は次の日にわざと指名したりした。

ということが書いてあって、感動したことがある。

家庭教師の場合は一対一だから、
そういう意味ではその子のことに気持ちを向けやすいわけだが、
だからといって指導がしやすいかというと、意外とそうでもない。

結局のところ、突き詰めると人間同士の「相性」、だろうか。

たくさんの人間の中から友達や恋人を選ぶのは、
結局のところ、そういう「相性のよさ」による取捨選択なのだろう。
しかし「先生-生徒」の関係の場合は取捨選択できないわけで・・・。

理系の分野に「相性」なんて縁が無さそうだが、
実は全くそんなことはない。
大学院時代の「指導教官-学生」の相性って本当に重要なのだ。
そこがうまくいかないせいで挫折する学生だって数知れない。

私の指導教官はその辺考え方がドライで、
「しばらくやってみて、ダメだったら研究室を変わればいい」
と公言していた。
「例えばA先生にしばらくついていたけどどうしてもうまくいかない、
なんていう学生は、A先生とはうまく行かなかったというだけで、
研究者としてダメだというわけではない。」
とケロッとしたもの。
この先生自身が海外で学位を取った方だから、
「一回入った研究室には操をたてなきゃいけない」
という考え方はしていないのである。

・・・などとつらつら書くのは、
最近行っているお茶のお稽古のこと。

何度か書いたが当初友人と二人で行き始めた。
お互い初心者だから何もわからずなかなか覚えられなかったが、
友人のほうが飲み込みが早く、しかも機転がきく。
先生が着ているものや髪型の変化、
あるいはその日その日のお菓子や茶花など、
素早く気づいて言葉をかけて、うまく先生の気分を盛り上げる。
それも割合先生の「今日はここに気づいて欲しい」
と思うようなポイントをうまくおさえているらしく、
先生も実に嬉しそうな顔をされるのである。

一方私はというと、基本的に気がきかない。
それに変化に気づいても口に出そうとするとついわざとらしくなる。
しかも先生のポイントに外れるのか、
「ハア?」と言われることもあったりして。

あと、これはどうしようもないのだが、
先生はご高齢で耳が遠く、聞き取れる波長が狭いらしい。
友人の声は「聞き取れる波長の範囲内」だが、
私の声は(低いので)「聞き取れない波長」らしく、
声の大きさは同じでも私の話していることは聞きづらくて腹立たしいらしい。

まあ、そんなこんなが重なれば、
自然と見る目に差がついてくるのは仕方ないのかもしれない。
その結果、時間とともに接し方に歴然と差がついてしまったわけである。

しかし、友人が諸般の事情でお稽古をやめることになった。
先生の嘆きようといったらなく、
何とか通えないのかと引きとめることしきり。
とはいえ事情が事情なので先生が引きとめても仕方がないわけで・・・。

そんなわけで私一人だけでお稽古を続けることになった。
正直なところ、先生としては私一人をマンツーマンで教えるのは
ありがたくなかったらしい。
お月謝払ってきてくれる弟子にそうそう冷たくあしらうことも出来なかった、
というところだろうか。

その気持ちが言わせているのか、
「ええっ?」と思うようなことを言われることが増えた。

大してお稽古もしていないお点前をいきなりさせて、
(当たり前だが)ぜんぜん出来ないのを見て、
ホントにダメねえ、ちっとも覚えていないんだから、
と聞こえよがしに言ったりとか。

他の曜日の生徒さんはどれくらい商品券を持ってきてくださったのに、
麦実さんは・・・、とか。

お月謝を払った後で「今月は暑いからお稽古はやめましょう」といって、
月謝だけ取られた、とか。

私としてはお茶を習い始めていろいろ面白いことも多いし、
知らないことを知るというのはやはり楽しいものだから、
願わくば細く長く続けていきたい、という気持ちがあったのだけど。

そういう素直な気持ちがうまく伝わればまた違ったんだろうけど・・・。

結局のところ、向こうからすると私は相性に合わなかったのだろう。
しかし指導者がそういう態度を取る、というのがなんだか、ねえ。
納得いかないというか、切ないというか・・・。
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コメント
この記事へのコメント
あぁ、わかります
基本的に、ボスとあわなくて大学院をやめた口ですから、とてもよくわかります(笑)。

まぁ、いろいろと相性の原因というものはあるのでしょうが、
自分をのばすことができるかどうか、その指導者との相性が大きな割合を占めているのは、確かだと思います。
ある人の下では多彩な人材が輩出されるけれど、この人の下では・・・みたいなこと、結構ありますからね(ウチの職場でも・・・)。

まぁ、麦実さまもお茶道の入り口を見させてもらった、ありがたい、と思いつつ、ぴったりとはまる先生を探してみてはいかがでしょう?
きっと、いい出会いがありますよ。
2007/08/15(水) 21:23:11 | URL | あろ #Q3eHLSb2[ 編集]
ううう、ありがとうございます(涙)。
さっき決死の覚悟で先生にお電話したら、
「あ、やめるの? あー、そう」でオシマイでした。
所要時間約2分。
むしろそれを待っていたんじゃないかと思うほどアッサリ、でした。
来月から違う教室に通いますー。
2007/08/18(土) 23:00:37 | URL | mugimi #-[ 編集]
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