mugimiの怠惰な毎日をだらだらとお送りします
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国際学会と妄想
2011年08月20日 (土) | 編集 |
学会最終日。

朝食は学会会場で食べられるのだが、
私はダーリンと前日にスーパーで買ったもので仲良く朝ご飯。わーい。

だいぶカナダ時間に体が慣れた私と違い、
ダーリンはまだまだ頭がぼんやりしているようで、
「朝ご飯食べたら軽く寝る。復活したら一人で出かけるよ」
というので、部屋のカードキーを置いて(一つしかもらっていなかった)、
私は学会会場へ。

この日もさんざん頭を使って勉強したのだった。

お昼過ぎに学会は終わり、次回はどこで開催するかという話になるが、
結局決まらず。

私が参加した今までの学会を振り返ってみると、
学会というのはもちろん研究成果を発表していろいろな人の意見を聞くこと、
あるいは他の人の最新の研究成果を聞いて勉強すること、が重要なのだが、
それ以外に「めったにいけない国に行って楽しむ」とか、
「そういう機会でもないと会えない他国の研究者と交流する」
というのもかなり大きい。

そんなわけで、今回はそういう機会がなかったが、
例えばイギリスに行ったときはみんなでバスに乗ってケンブリッジを見学する、
そんな「一日ツアー」があったし、
イタリアに行ったときは「カプリツアー」「ポンペイ遺跡ツアー」など、
学会の日程に負けず劣らず見学ツアーがたくさんあった。

日本では年々チェックが厳しくなってきて、
出張とか学会がある場合、それ以外の行動があったら旅費を出してもらえない。

しかし海外では国際学会というのは一種のお祭りととらえているらしく、
家族も同伴してみんなで楽しんでいるし、
学会の前後に休みを取って、さらに足を延ばしたりもする。
そんなわけで、私は自腹で来ていたから堂々とこのあとあちこち観光したのだが、
他の日本から来ていた人は学会の期間しかいなかった、くらいな感じで、
カナダの人からは
「せっかくここまで来たのにバンフにも行かないの!?
一番いい時期なのに!!」
とビックリされていた。

そう考えると、フツーに日本人が、日本人的に学会を運営するとしたら、
多分、ものすごくビジネスライクな、本当に学会だけ、という学会になるのかな。


私は、なんというか、妄想の気があるというか、
海外旅行に行っても「もし自分がここに住んだらどんな仕事をするか」とか
国内でお土産物屋さんに行って、どのお店も似たような品ぞろえなのを見ると
「もし自分がこの店に嫁いできたらどんなものを仕入れるか」
なんてことを考えたりする。

そんなわけで、この学会中も
「もし私が日本でやるとしたらどんな学会にするか」
ということをさんざん妄想して、一人で楽しんでいた。

そうはいっても、日本人が外国に行くよりも、
外国人が日本に来るのは本当に本当に大変である。

大きいのは言葉の問題。

例えばJR西日本では車内アナウンスは全て日本語である。
また車内路線図も全て日本語。
券売機で英語表示が出来るのかどうかは知らないが、
「行きたいところまでの切符を買う」
「乗るべき電車が来るホームに行く」
「ホームに来た電車に乗っていいのかどうか(特急だったりするし)」
「降りるべき駅があっているのかどうか」
の一つ一つが多分ものすごく不安だろう。

さらに、食事に行くのでも、持ってきてくれるメニューは多分全部日本語だろう。

ましてや宿泊するのでも、ホテルのフロントの人が多言語対応できるかどうか。

そう考えると日本で国際学会をやるのは、
学会運営以外の部分でかなりエネルギーを使いそう。

一方で、学会費の問題もある。
今回はそこそこの参加人数だったが、
私が以前に参加したイギリスでの国際学会はものすごく参加人数が少なかった。
理由はひとえに、参加費が高かったためである。
イギリスは物価が高いうえ、ホテル一つ丸ごと借り切る勢いだったため、
いろんなことが高くついて、結果的に参加費に跳ね返ったらしい。
多けりゃいいというものでもないが、
やはりいろんな人の意見を聴くための学会と考えると、
参加費のせいで参加をためらうような額になるのは避けたいところ。
日本だって物価の高さでは負けていないので(自慢できないが)
安く、かつ、来た人が日本を満喫できるように考えるのは大変。

せっかく日本に来たからにはいろんなものを見てもらったり、
あるいは体験してもらいたいわけだから、
例えば大学の茶道部に協力を仰いで、お茶会をやってもらったり、
地元の剣道道場に協力を仰いで、試合を見せてもらったり、
落研とかESSの学生に協力を仰いで英語落語をしてもらうとか、
プロに頼むと高くつきそうなところも学生の力を借りたら安く上がるのでは。

あるいは、学会運営そのものも、
大学の、マーケティングとかマネージメントをやっているゼミとコラボしたら、
学生にとって滅多に出来ない経験になるし、
まさしく実地の実験になるから、
いろんな意味での成果が出るんじゃないかなあ、なんて考えたり。
(そうしたら人件費も抑えられるし)

さんざん妄想したものの、じゃオマエやれ、といわれても、
実力が伴わないから無理だな。
学会3日目・なぜか韓国料理
2011年08月19日 (金) | 編集 |
学会3日目は私としてはかなり重要な発表がたくさんあったので、
ものすごくリスニングに集中して、かなり頭を使う日だった。

画像を見ても、他の研究者の発表スライドだらけなので
ここではとても紹介できない(著作権が・・・)。

ここでせっせと写真を撮ったためか、
カメラのバッテリーが赤の表示になってきて、
このあとあまり写真を取れなくなってきた。

なぜカメラの充電器を持ってこなかったのか、
あるいはなぜカメラをフル充電して持ってこなかったのか、
今考えても悔やまれる。

3日目の夕方はポスター発表。
ここでも全部のポスターの話を聞くぞ、という勢いだったのだが、
ものすごく発音の悪い中国人研究者(それでもアメリカの某大学教授)につかまり、
延々と話しこまれてしまったため、ほとんどポスターは見られず(涙)。


そしてそして!!

この日の夕方、ダーリンが到着!

お互い国際ケータイをレンタルしていたので、随時連絡は取っていたものの、
なにしろダーリンはレンタカーで来ることになっていたので・・・。

カルガリーから「今レンタカー借りた」というメールが来てから、
なんだか気が気ではなくて。

中国人研究者を何とか振り切って(笑)、ロビーで待つこと数十分。

ダーリンが無事に到着した時は本当にホッとした。


ポスター会場では軽食が提供されていたのだが、
部外者が行ったら良くないんじゃないかとダーリンが主張。
(海外研究者はかなり家族を連れて来ていたから、
ちゃんと紹介すればいいんじゃないのと私は言ったものの却下された。)

というわけでダーリンの荷物を部屋に下ろして、すぐに夕食に行くことに。
数日前に延々と歩いて行ったショッピングセンターも、車だとあっという間。


そしてフードコートにあった、インチキ韓国料理で夕食。

私が頼んだのは、
厚揚げとビーフンサラダとキムチとジャガイモのガーリック揚げ。
(肉っぽく見えるが実は芋。ちょっと甘めの味付け)

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ダーリンが頼んだのは
牛肉と鶏肉のダブルミートBBQ、それにブロッコリーとキムチ。
(なぜか殊のほか美味しかったらしい)

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この後スーパーで朝食の食材を買い込んでホテルへ。
数日離れていたので話すことがたくさんあって大変。

そしてようやく安心して、眠りに着いたのだった。
学会2日目・BBQパーティでのこと
2011年08月18日 (木) | 編集 |
そうそう。

話は少し学会からそれる。

この4月から、同じ研究室にケニアからの留学生(女の子)が来ている。
国費留学生だけあって頭の回転も速くて記憶力もいいし、
何よりまじめである(性格的にはおおらかなのだが)。

もちろん彼女も日本語研修を別の専門機関でみっちり受けているのだが、
それでもまだまだ日本語で研究の話が出来るほどのレベルではない。

それと、分子生物学的な実験は本国ではやっていなかったそうで、
イチからこちらでトレーニングしなくてはならない。

そんなわけで教授から頼まれて、英語で彼女に実験の手ほどきをしているのだが、
自分では「目をつぶってでもできる」くらい手なれた作業であるにもかかわらず、
英語で説明しようとするとものすごく大変なのである。

中学高校大学で少なくとも8年英語を勉強して、
なおかつ英会話スクールに5年も通いながら
「ビーカーにサランラップでフタをしたらピンセットで数か所穴開けて」
「ピペットをこのボタンを親指で押さえてゆっくり液体を出し入れして」
ということを言えないのである!!

(「サランラップ」は商品名なので当たり前だが通じない。
「plastic wrap」あるいは「cling film」らしい。
さらに「ピンセット」は「tweezers」または「forceps」。
実は「ピンセット」はオランダ語が語源なんだって!!)

多分英会話に通うよりも前だったら、
「アナタは勉強するために自分から日本に来たのだから、
ワタシはアナタに日本語で話します」
という考えだっただろうと思う。

しかし英会話に通いはじめて、アメリカ人の先生の考え方とか、
あるいは物事の捉え方とかなんかを少しずつ吸収してくると、
つくづく感じるのは、言語はツールであるということ。
例えば私たちのような研究者の場合、目的は「研究をすること」であって、
それを伝える言語はツールである。
日本に来たからと言って別に日本語に限定しなくても構わないんじゃないかと思う。
目的が「日本語を勉強すること」にすり替わってはいけないんいじゃないかと。
(うまく書けないが。)

それと、実際、英会話に通う前だったら、
どんなに頑張っても英語が口から出なかったと思う。
ある程度口から出るようになったこのタイミングで留学生が来て、
英語で説明をしなくてはいけない状況になる、というのも、
私にとってはものすごくいい刺激で勉強になる。
カミサマがやることは無駄が無いなあ。


そして学会の話に戻る。

BBQパーティーで私の向かいに座った今回の学会実行委員長の方は、
カナダ人の黒人男性だった。
よく聞いたらもともとはケニア出身で、ケニアで大学を出た後にカナダに留学して、
そのままカナダ国籍を取ったらしい。

私が上述した留学生の話をして、
彼女から習った、ホンのわずかなスワヒリ語を披露したら、
それこそ飛び上がらんばかりに喜んでくれた。

「前から思ってたんだけど、日本語の音の響きはスワヒリ語に似てるんだよ。」
とのこと。
そんな気もしなくはないのだが、スワヒリ語の方が複雑な発音が多いと思うけどな。


だいぶ後の話になるのだが(今から数日前)、
本当に学会が有意義だったので、この学会実行委員長の方にカードを送ることにした。
どこから見ても日本、という感じのカードを買ってきて、
感謝の気持ちを伝えるような英文をひねり出し、
例の留学生に頼んで、スワヒリ語に翻訳してもらった。

意味のさっぱりわからないものを書き写したので、
もし彼女が「お前を呪ってやる」みたいな文を書いていたら、どうしよ。
学会2日目・BBQパーティ
2011年08月17日 (水) | 編集 |
学会2日目の夜はBBQパーティー。

さすがにこれはホテルの中ではなくて、
バスで20分ほど行った先の広々したところで行われた。

つくづく感心したのが「BBQ専用車」。

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このあとホームセンターなどでもアウトドア用品の充実ぶりには目を見張ったのだが、
まさかBBQまで専用車があるとは!!

どうやらケータリング業者に委託すると、
サラダやマリネなどすでに調理されたものを持ってくるだけでなく、
その場で調理するらしい。
もちろんデザート類も充実。

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ビールも美味しくて(カナダビールは美味しい!)
ここでもいろんな人と会話して、楽しかった~。
学会2日目・発表のこと
2011年08月16日 (火) | 編集 |
学会2日目のこと(現地時間で7月25日)。

ようやく夜に眠れるようになったと思いきや、
やはり早朝から目が覚めるところからこの日はスタート。

私の発表はこの日の午後3時過ぎである。
考えるともちろん緊張するのだが、
緊張して目が覚めたというよりは明らかに時差ボケのせい。
しかたないのでまた朝も早くから起きだして一人で発表練習を繰り返した。

今回の発表は持ち時間が25分。
発表が20分で質疑応答が5分というタイムスケジュール。

原稿はアメリカ人の英会話の先生にも見てもらっているので、
とにかく読みこんで読みこんで、ほぼ暗記。

話は変わるのだが。

日本での学会というのは(少なくとも私の経験では)、
例えば、どこかの大学が会場になっていて、
参加する人たちは近隣のホテルを予約して朝ご飯を食べて学会に向かう。
昼食は、学会会場が大学であれば学食で済ませたり、
あるいは近くのお店に行ったりする。
学会期間中、一回は「懇親会」なるものがあって、
これは例えばホテルの宴会場だったり、大学の施設だったりでの立食パーティ。
懇親会は別料金なので、全員参加とは限らない。
懇親会以外の日は誰か知り合いを見つけて適当に夕食。
・・・というのが一般的。

しかし、国際学会では
「食事の時間も重要なコミュニケーション」という考え方なのか、
参加費の中にすでに食事が組み込まれていることが多い。
そもそも学会そのものをホテルの中でやってしまうことも多いため、
食事・学会・宿泊が全て一か所で済むというわけ。
最初はびっくりしたが、確かにこの方法だと、
いろんな人と会話できるし人の輪も広がる。
(もちろん、日本人だけで固まった場合は広がらない)

そんなわけで、朝早く、7時半から朝食がスタートし、
引き続いて学会もスタート。

小さな学会とはいえ、それなりに重要な研究でもあるせいか、
何と市長挨拶からスタートした。
(さすがにスピーチしなれているらしく、明瞭でわかりやすい英語だった。
聞きとれたかどうかは別として・・・)

午前中は基本的にはカナダの方々がメイン。
いろんな分野の人が発表するので面白いし刺激的。
「これを日本でやったらどうなるか」
と想像すると・・・(うーん、難しいかも)。

そうこうしていたらランチになる。
パンが山のように盛られていて、みんな勝手に取って、
ハムとかチーズとかあれこれあれこれを挟んで食べる形式。
(写真撮るの忘れた)

そして、いよいよ発表が近づいてくる・・・。

国内の学会でも「座長」というのがあって、
そのセッションの司会進行を務め、質疑応答などを仕切ったりする。
国内学会の場合はその程度なのだが、国際学会の場合はもう少し役目が多くて、
発表する人の略歴を紹介したり、
発表後に内容をわかりやすく整理したりもする。
(なので事前に略歴を座長に送っておく必要がある)

そんなわけで、発表前には必ず座長にあいさつをしておかなくてはならない。

名前はわかっていたものの、どの方がその座長なのかが分からない。
うーん。

そうこうしていたら「あの人がDr.××」と教えてもらったのだが、
午前中のセッションで鋭い質問を連発し
「私はその答えには到底納得できないし全く賛同できない」
と強い口調で言われていた方だったので、ちょっと(かなり?)怖気づく。

恐る恐る近づいていって「む、むぎみです。ないすとぅみーちゅー」
と言ったところ、満面の笑みで
「キミ、**大学出身だって? ○○先生って知ってる?
ボクね、東北大に2年間留学してたんだよ。
当時は○○先生が東北大にいたんだけど、その後**大に移ったって聞いて、
キミがその**大出身ってあるから、あ、もしかしたら知ってるかなって思って」
「あ、知ってます、有名な先生ですもの」
「そうかー、やっぱり世間は狭いね」
とにこにこする××博士。
(念のため書くが一応英語で会話している)

よかったー、日本通の方だったらしい。
そこでもちょこちょこと小ネタを交わして、じゃあとで、ということに。

なんというか、緊張はするのである。
でも「アガった」というよりは「快い緊張感」という感じ。

成田で母から渡されたお守りを握りしめて、
うまくいきますように、とお願いして。

ほとんど原稿は頭に入っているし、
もう持たなくてもいいと思っていたのだが、
まあ一応、それこそ「お守り代わり」に持って壇上に行って・・・。

で、座長の先生に私の略歴を紹介していただいて
(さすが、少し前に交わした小ネタもちりばめてくれて)
いよいよスタート。

と、思ったら。



頭が真っ白になっちゃったのである。
あれだけ暗記していたのに、言葉が出てこなくなっちゃって。


あわてて原稿を開いて、何とかスタートすることができた。
自分でもかなりびっくり。

そんなわけで「発表を楽しむ」ほどの余裕はなかったのだが、
途中ちらちらと会場を見渡してみると、それなりにみなさん、
「興味しんしん」という感じなので手ごたえは十分。

終わったあとは、
「どんな質問でも受け付けます。日本語なら」
と言ったところ(←半分本気)、かなりウケた。

みんな笑いながらでもガンガン英語で質問してくるので
こちらはかなり苦戦。
やはり英語でのとっさのやり取りはまだまだハードルが高いのが実感・・・。

そして温かい拍手で、なんとか発表は終わったのだった。
カナダ3日目
2011年08月15日 (月) | 編集 |
前回の更新からあっという間に2週間以上が経過してしまった。

もしかしたらカナダで行き倒れたのではないかと心配されたかもしれないが
(そんな人はいないだろうと思うが)
実際の理由は以下の3つ。

1. ダーリンが合流して話すことがたくさんあって日記を書く暇がなくなった
2. 学会後に移動したホテルのネット環境が悪くて接続できなかった
3. 帰国したら仕事が山積していてそちらをこなすのに手いっぱいだった

というところ。

とはいえ早く書いてしまわないと記憶も薄れてしまうし・・・。

もっとも時間が経つと、そのときにふと感じたこととか、
思ったことなんかも整理されたり凝縮されたりするので、
その辺がうまく表現できるといいんだけどなあ。


そして3日目、7/24の話。

この日の夕方から学会がスタートする、のだが・・・。

とにかく時差ボケが解消されず、夜中眠れないのがツライ。

今回、カナダでは時間がきっとあるだろう、
と自分なりにいろいろと宿題を持ってきていた。
例えば「読んでおきたい論文」とか
「今後投稿する予定の自分の研究結果」などなど。
眠れないならそれはそれで時間を有効に使わないとね!

・・・と思ったにも関わらず。

なんというか、眠ろうと思っても寝られないクセに、
起きていても頭が2割くらいしか働いていないのである。
論文を読んでいても、目は字面を追っているのに、
内容は頭に入っていかない。

しかたないので次の日に迫った発表の練習をしてみたのだが、
こちらもつっかえるばかりでちっともうまくならない。

つまり、ものすごく生産性が悪いのである。

そうやってジタバタしているあいだに、なんとか夜が明けてきた。
買い置きしておいたパンやらフルーツやらで朝食。

しかし、日が高くなってきたらまた急激に眠くなってきて・・・。

で、また気がついたら眠ってしまった。
気が付いたら午後もいい時間になっている。
これだからいつまでたっても時差ボケが解消されないんだなあと自分にがっかり。

ちょっとアタマに喝を入れなければっ。

というわけで気合を入れて起きだして、気合を入れてメイクもして
(化粧すれば気分が変わるかと思って)
ホテルの一階にあるコーヒーショップにコーヒーを飲みに行く。

コーヒーを飲みながら論文を読んでいたら、
2日前、タクシーに同乗したドイツ人女性研究者に遭遇。

「なあに、こんなところで仕事してるの?」と冷やかされてしまった。

この方はめちゃくちゃ元気で、
私が時差ボケで寝たり起きたりしていた時間、
かなり本格的なトレッキングを楽しんできたという。

早足で片道1時間半といっていたから、往復で3時間。
こんな眠い頭で3時間も歩けるだろうか。
(後から考えるとむしろ体を動かしたほうがよかったのかもしれない)

「ほとんどずーっと寝てた」と言ったら、
「ま、確かに西から東に移動するほうが時差ボケはキツイって言うから。
私は帰った時に苦労するわよ」
と慰められた(?)。

夕方から学会登録が始まるので、
先に見に行ってみよう、と一緒にてくてくと歩いて行ったら、
(といっても学会会場も同じホテルの中なのでコーヒーショップから1分もかからない)
意外にもすでに登録受付のデスクが出来ていて、
女性が2人、ものすごーくヒマそうな顔で座っていた。

「あ、あの、登録、もうできます?」
と聞いたら
「よかったわー、やっと仕事が出来たわ」
みたいな感じ。

一緒に行ったドイツ人研究者が
「私の名前は○○で・・・」と言ったところ、
受付に座っていた1人の女性がものすごい勢いでドイツ語でしゃべり始め、
その後の会話は全てドイツ語なのでさっぱり意味不明。

さすが、カナダは多民族国家だから、
ドイツ語流暢な人もいるんだなあと感心しきり。
しかしあとでそのドイツ人研究者に聞いたところ、
「彼女は数年前にドイツからカナダに移住したのよ。
そりゃドイツ語もうまいわ」
と言っていた。あ、そういうことね・・・。

ようやく時間がきて、顔合わせミーティングみたいなものがあって、
あとは気取らないカクテルパーティー。
(ビュッフェ方式のお食事+ビールが山ほど。)


カナダ人研究者の方に「前にもお会いしましたよね?」
みたいなことを言われて、
ああ、また記憶がないのだろうかと思ったのだが、
お互いで行った学会の話をしてみてもどうも接点がない。

そこで、
「あら、ワタクシが女優として出演した映画でも見たのかしら」
と言ったところ、一瞬考えたあと、腹を抱えて笑ってくれた。

日本人が冗談を言うとは思っていなかったらしい。


あ、そうそう。

今回は私を含めて、日本人は全部で7人だった。
ただでさえマイナーな学会なわけだから、
ここにきているような人たちはみんな顔見知りである。

基本的に。
よほど海外で長く暮らしていた、という人でもない限り、
日本人は英語は苦手である。

つまり、
「英語ニガテ」+「日本人の顔見知りがいる」=「日本人で群れる」
という構図になる。


とはいえ・・・。

日本人研究者とは国内学会でもお会いできるし、
なんのためにわざわざ自腹でここまで来たのかと自問自答。
ここでも自分に喝を入れて、わざと日本人から離れて、
積極的にいろんな人に話しかけてみた。

で、気がついたらイギリス人(4人)+中国人(1人)+オーストラリア人(1人)
+日本人の私、というメンバーで円卓を囲んでいた。

この中国人の方(女性)は何年かイギリスに留学されていたという方で、
それなりに英語が堪能。

イギリス人もオーストラリア人も英語は母国語だから・・・。

なので、最初は私に気を使って、
かなりゆっくりしゃべってくれていた(と思う)のだが、
やはりお酒がまわってくると話のスピードが上がるので、
途中からもう何がなんやら。
「何のトピックか」は一応わかるものの、
それが良いと言っているのか悪いと言っているのかさえ分からない状態・・・。

ううう、やっぱりまだまだレベルが足りてない(泣)。

二時間くらい頑張ったかな。
さすがに頭が回転しすぎて煙が出てきそうだったので、
会話の邪魔をしないようにそおおおっと抜けて、そのまま部屋に戻る。
さすがに充分疲れていたせいか(頭だけ)、この日はようやく夜に眠ることが出来たのだった。
国際学会・その1
2011年07月26日 (火) | 編集 |
私は国際学会というものの経験はそれほど多くなくて、
博士課程の時に1回、ポスドクの時に2回で、計3回。
そのうちの1回はものすごく大きな学会だったため、
「参加することに意義がある」みたいな感じで、
発表もポスター発表だった。

しかし残り2回はとてもとてもマイナーな学会で、
全部で70人くらいしか集まらないような、小さな学会だった。
その分、世界各国からその専門家しかやってこないので、
ものすごく内容が濃くてディープな質問がバンバン出るし、
質疑応答もみんなが気が済むまでやる、ような雰囲気。
人数が少ないので発表する人はほとんど口頭発表だったから、
大学院生の時に初めて英語で発表した時は
「人間、ここまで緊張するのか」というくらい、
つま先までぶるぶる震えたほど緊張した。

二回目の口頭発表も同じ学会だったのだが、
(だいたい3年か4年に一度開催される)
この時も緊張したけれど、やはり初回の緊張よりは多少は余裕があったかな。

しかしそのあと紆余曲折があって、
研究そのものから遠ざかっていたわけで・・・。

学会もすっかり久しぶりになってしまった。

この国際学会の次の回は2010年にカナダでやるというのは
ずいぶん前(数年前)に風のうわさに聞いていたのだが、
その後全然その話を聞かなくなってしまった。
そうこうしていたら、なぜかはわからないが一年延期することになったという。
開催地は場所はカナダのままで、2011年こそは開催するらしい。


これは、もしかしたらチャンスかもっ!?

・・・というわけで、目標をここに定めていろんなことを頑張ることにした。
最初の目標は節約して旅費を貯めること。
研究生なので旅費が出ないわけだから、自分で頑張って捻出するしかない。

二つ目の目標は英語の勉強。
もともと英会話には週に一回通っていたのだが、
今まで以上に身を入れることにしたのである。

三つめの、そして最大の目標は、学会に出られるレベルの実験結果を出すこと。
これがなければ学会に行っても単に「人の発表を聞きに行くだけ」になってしまうしね。

前倒しにしながらいろいろ計画を立ててやっていたつもりなのだが、
やはりどうしても「ここまではやっておきたい」というものが次々に出てきて、
ここ数カ月は土日ゼロで毎日毎日朝から晩まで仕事する羽目に陥った。
その間はどうしても家事にしわ寄せが来るので、
ダーリンには本当に悪いことをしてしまった。
(帰国した後は埋め合わせするわよ~


そんなわけでだいぶ前からカナダカナダと騒いでいたので、
周りの人たちもなんとなく心配になったらしい。

カナダまでは成田空港からの便しかないため、
私が住んでいる岡山からは一度羽田まで飛んで、
そこから成田まで地上移動しないといけない。
(もちろん新幹線で東京→成田エキスプレスで成田空港という手もあるが。)
そんなわけで、出発当日は母と甥が羽田空港まで出迎えてくれて、
成田空港まで見送ってくれた。
甥は夏休みに入ったばかりなので、ある意味ヒマだったともいう。
(しかも電車大好きっ子なので、羽田ー成田間を電車で移動できるのは
かなり魅力的だったらしい。)

ちなみにこの日は台風が過ぎた後で、まだ影響が残っていたらしく、
岡山→羽田間も、いつもとは違うルートを通っていた気がする。
木更津から伸びるアクアブリッジを見ることは普段はないような。

110724_01.jpg

(船のような形のものは海ほたるPA)

そして羽田から成田までは直通電車で一本。

もちろん一番前の座席を陣取った。

110724_02.jpg

ものすごく真剣に見ている甥っ子。

110724_03.jpg

今回羽田から乗ったのは成田空港に直通でいけるエアポート特快。
隣の甥の解説によると、
京急線の区間の時はエアポート特快で、
京成線の区間の時はスカイなんとかという名前らしい。
(すぐ忘れるところが結局興味がない証拠)

京急ー都営地下鉄ー京成の区間を直通するのだが、
それぞれ会社が変わると運転手と車掌が変わることも甥の解説で初めて知ったりして。

成田では少し時間があったので、見学デッキに出て飛行機を眺める。

110724_04.jpg
(彼は気づいてないみたいだけど、お金入れないと見えないんだよ)

成田空港の搭乗口でバイバイ。
頑張ってねー、と必死で手を振ってくれる甥っこをみると、
なぜだかじーんときたりして。
(すぐ帰ってくるのにね)

出国審査のあとで免税店をちょこっと見るが、
大して気をひかれるものはないなあという印象。
(無駄金を使わなくて済むという利点はあるが。)


成田からバンクーバーまではすこぶる快適。
前の席の大柄なおねえさんが傍若無人に最大限まで椅子を倒してくる以外、だが。
(中国人かと勝手に想像していたのだが(偏見!)、
降りるときにちらっとパスポートを見たら韓国人だった!!)

時差のことを考えると、とにかく乗っている間は寝ておかないと、
というわけで映画も見ずゲームもせず、
ひたすら眠る努力をしていた。
それでも二回の機内食で起こされるし、実際はほとんど寝てないかも。

そうそう、今回はベジタリアンミールを特別注文していた。
調べたら、事前に予約しておけばそういうこともできるのである。
今回使ったJALでは、ベジタリアンミールでも
「乳製品・卵あり」
「乳製品・卵なし」
など、いろんなバージョンがあるし、それ以外にも
「××教対応」
「糖尿病用」
など、宗教や病気によるバージョンもある。
もちろん乗ってから頼んでもこれはダメなので、
事前に予約するしかないのだが。

とはいえそういう予約をしておく人など機内に一人いるかいないか、らしい。
搭乗した瞬間にアテンダントさんに機内食の確認をされたし、
食事のときは誰よりも先に私の分だけ持ってくるので、
周囲からはかなり好奇心旺盛な視線でじろじろ見られてしまった。


一回目のベジタリアンミール。
(他の人たちはビーフストロガノフか何かだったと思う)

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メインはラタトゥイユとクスクス。
サラダと、デザートのフルーツ。
ここぞとばかり飲み物はエビスを頼んでしまった。
(買ったら高いし。)

二回目の機内食は軽食。
(他の人たちはメロンデニッシュとヨーグルトだった)

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私の分は野菜カレー入りピタパン。
これが思いがけずおいしかった♪

隣の日本人っぽいおねえさんは搭乗した瞬間から分厚いテキスト(英語)を広げて、
いろいろ書きこんだり考えたりしてずっと勉強していた。
食事が来たときに思い切って話しかけてみたら、
カナダの大学に入るべく、現地のプレスクールみたいなところで勉強中とのこと。
親戚に不幸があったので一週間だけ帰国していたらしい。
その間の宿題が山のようにあるのに、全然終わってないんです、と必死の形相だった。
ホントにずーっと勉強していたので、頭が下がるなあ。

そしてバンクーバーに到着。

バンクーバーの入国審査は、するする進むよう見えて、
ときにぱたっと止まってしまう。
窓口は多いので全体でみればかなり進みは早いのだが、
ある程度近くなってきたらどれかの窓口に並ばないといけないので、
どの列にするかはかなりの賭け。
隣の隣の列は全然進んでいなくて、見たら泣きそうな顔の女の子と審査官がもめていた。
ビザが・・・とか半年が・・・とかの単語が切れ切れに聞こえてくるので、
カナダに来る前に申請したビザが違っていたのかな。

私のときは「何をしにカナダに来ましたか?」と聞かれたので、
ここで「さいとしーいんぐ」と答えておけばすぐ通してくれた気がするのだが、
真面目に「国際学会に出席するためです。」と答えたら「何の学会?」。

なにしろ、今回私が参加する学会は、
ものすごくものすごーくマイナーな学会なのである。

「××学会です」といったら「え?」と二度聞きされてしまった。
聞き取れなかったのではなく、多分信じられなかったのでは・・・。
「・・・interesting」としみじみ言われたくらいだからね。

「なにか、プログラムとか、お持ちですか?
それと職場のIDカードとか」

といわれたが、まさかそんなこと聞かれると思ってなかったので、
プログラムはスーツケースだし(だから手荷物にない)
ましてやこんなところで職場(というか学校)のカードなんて持ってないので
「ないです」と言ったらそれはそれでお咎めなし。
そう考えると本当に必要だったというよりは、
このおねえさんの個人的好奇心だった気がしなくもないかな。

すぐ横で入国審査をしているオジサンは
「あなたの仕事はなんですか?」と聞かれているのに
「わからん」と日本語で答えていて、明らかに審査官の人が困っていた。
横から「あのー、お仕事は何ですかって、聞かれてますよ」
と助け船を出したら「おー、シーフードカンパニーね」とニコニコしながらお返事。
審査官の人にちょっと感謝された。

今回の学会は、カナダ人もびっくりの超地方都市。
カルガリーの近くといえば聞こえはいいが、
カナダに長く在住していた人でさえ「え、どこ?」というくらい小さな都市である。

なのでまずはバンクーバーからカルガリーに国内線で移動して、
カルガリーからは長距離バスで一時間半の移動。

バンクーバーの国内線の乗り継ぎは特に問題はなかったものの、
窓口が2つしかなくて、そのうち1つをものすごくややこしい客が占めていたので
実質は1つ。だからちょっと並ばされてしまった。
今回は乗り継ぎ時間に余裕があったのでイライラしなかったが、
これでギリギリだったら困っただろうなあ。

ようやく搭乗券をもらって搭乗口で座っていたら、
なんだか日本人の男子学生がいっぱい。
(横浜のほうの男子校だった。)
カルガリーで夏の研修をするとは、ずいぶん渋い選択だなあ。

110724_07.jpg

しばらく待っていたら、アナウンスで搭乗口変更のお知らせ。
聞き取れてヨカッタ。あたふたあたふた。

110724_08.jpg

ようやく搭乗して席に着いたものの、なかなか動き出さず・・・。

そうこうしたら猛烈な、強烈な眠気がやってきて、
すとんと落ちるように眠ってしまった。

はっ。

と気づいたら、かなり近くにエアカナダの飛行機が並行している。

いっ、いくら過密スケジュールでも、
こんな近くで飛んだら危ないじゃないかっっっ。

・・・と思ったのだが、よく見たら地面の上だった。
30分たってもまだ離陸していなかったらしい。

離陸後もとぎれとぎれに睡魔がやってくるので、
その都度頭がガクガクと。
隣のおじさんはさぞかし面白かっただろうなあ。

カルガリーについたら、今度は空港セキュリティシステムの不具合か何かで、
なかなか降りられず。

ま、もともとカルガリーでの乗り継ぎは4時間あるので、
これで時間がつぶれるならむしろ好都合かも(機内なら寝てしまっても安心だし)。
カルガリーは大雨だったので、雨粒を見ながら過ごすこと数十分。

結局一時間遅れくらいで外に出られた。
荷物もなかなか出てこなくて、
「荷物が出てくるまでしばらくかかりますが、辛抱強くお待ちください」
というアナウンスがあったくらい。

110724_09.jpg
(ペンギンを見ながら気分を和ませる)

ようやく出てきた荷物はびしょぬれ。
日本と違って荷物は外で出してしまうらしい。
(スーツケースだから別に濡れても構わないけど。)


小腹がすいたので日本でもおなじみのサブウェイでサンドイッチを食べることにする。

110724_10.jpg

システム的には日本と同じように見えるのだが、かなり細かくオーダーができるため、
逆にいえばいろいろ言わないと作ってもらえない。
「あれください」と言って黙っていたら、向こうが指示を待っているので、
あわてて「これ入れて」「それは入れないで」と頼んだくらい。

私の次の人なんて
「私はラクトースアレルギーがあるので、
サラダのドレッシングに入ってないか心配なんだけど」
と言っていて、日本でそんなこと言ったら対応できる人いないだろうなと思ったりして。


普通、空港からの高速バスは到着ロビーを出てすぐくらいのところにある。
(大阪・伊丹空港の高速バス(岡山行き)はちょっとトリッキーかもしれない)
カルガリーでもきっとそんな感じだろうと思い、
乗り場を探したのだが、なぜか見当たらない。
馬鹿みたいに空港を二周したところであきらめて
「白帽ボランティア」(←直訳。本当にwhite hat volunteerと書いてある)
の人に聞いたら、「ああ、二階にデスクがあるから」とのこと。

二階にデスク?

おそるおそる二階(到着ではなく出発ロビー)に行ったら
確かにデスクはある。
でも私が知りたかったのはバス乗り場なんだけど・・・。

「あ、あの、バス、乗りたいです。チケット、買いました。
予約しました。日本から」

といつも以上にたどたどしい英語で言ったら
「ああ、時間になったらこのデスクの前に来て。
全員そろったらバスに案内するから」
だって。

そんなことどこかに書いてあったかなあ・・・。
(よかった、思い切って聞いてみて。)

そうそう、イマドキは本当に便利で、
この高速バスも日本から予約できたし、クレジットカード決済もできたので、
ここでは予約した時の確認票を見せただけ。
しかも予約時に席も選べる。
今回の行き先は終点ではなく、途中のバス停なので、
寝てしまったら本当に大変と思って運転手さんのすぐ後ろの席を確保しておいたのだった。

時間になったら本当にちゃんと呼ばれて、バスに案内してもらった。

天気が悪いのであまり外がよく見えなかったが、、
なんというか、広々としたところを延々と走る。

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ずーっとこんな景色で一時間半。
のんびり走っているようにも見えたのだが、実際はかなりの速度だったようである。

寝ないようにかなり頑張っていたつもりだったが、
やはり途中途中でうとうとしてしまった。
でもちゃんと起きられて良かった。

大きなホテルの前がバス停なのだが、
ここから私が泊まるホテルまでは少し距離があるため、
タクシーに乗らなくてはならない。

タクシー、いないかなあ・・・。

探したもののタクシーらしい車はなくて、
仕方ないのでフロントで
「タクシー呼んでください。」
と頼んだところ、
「お名前は?」
と聞かれたので
「麦実です」
といったら、同じように高速バスから降りて私の後ろに並んでいた女性に
「もしかして、××学会に参加されるのでは?
○○ホテルまで行くなら、一緒に乗せてくれませんか?」
と話しかけられた。

タクシーの中で少し話をしたら、
どうやら前の学会で会っているらしい。
向こうは私のことを覚えているっぽいのだが、
こちらは全く記憶がなくて・・・。
何しろ自分が発表することでいっぱいいっぱいだったから、
他に誰がどんな発表をしていたかなんて、全然覚えていないのだ。

そうそう。

事前に学会運営委員会からメールが来ていて、
今回泊まるホテルには直接電話し「××学会の参加者です」と言えば割引になる、と書いてあった。
しかしエクスペディアという旅行代理店サイトをみると、
それよりももっと安く泊まれることが判明。
なので、そちらを経由して予約していた。
その予約票を見せたらチェックインはすんなり終わったのだが、
その女性が案内されたのはスイートの建物、
私が案内されたのは一般客室の建物だった。
なるほど、そういうことね・・・。

部屋に入ったらこんな感じ。

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スイートじゃなくても、なかなかいい感じでは?

日本の自宅を出てからすでに28時間が経過。
外は明るく見えているけどすでに夜10時。

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速攻でお風呂に入ってサッパリして、ようやく布団で寝たのだった。
奈良一人旅2011 その10 最終回
2011年05月28日 (土) | 編集 |
奈良駅からJRに乗って、さてどうしようかな。
(↑なぜ考えてから乗らぬのだ)

薬師寺に行くアイディアも捨てがたかったものの、
JRからだとちょっと遠いし、なにより前の日にさんざん満喫しているし。

かといって直接帰るにはまだ時間があるし・・・。

というわけで、思い立って「法隆寺」駅で下車したのだった。

JRの法隆寺駅は、法隆寺から意外と遠い(苦笑)。
徒歩20分、とあったのだが、なぜか途中で道を間違えてしまったらしく、
なんだかえらく長い時間歩く羽目になってしまった。
(看板通りに歩いたつもりだったんだけどなあ・・・)

なんだかおなかがすいたので、法隆寺の近くのうどん屋さんで昼食。

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梅干しとわかめが入った「梅若うどん」なるもの。

さてさて。

荷物は大した量ではなかったのだが、
ダーリンへのお土産のクッキーとか、自分用に買った天然酵母パンとか、
かさばるものが多くて・・・。
本当は法隆寺駅のコインロッカーにいれるつもりだったのだが、
駅のロッカーが一杯で一番大きなサイズしか空いておらず、
それだと高いのでケチってずっと持って歩いていたのである。

ちょうどうどん屋の横に、インフォメーションセンターみたいなところがあった。
そこで預けてしまおう・・・と入ったわけだが。

建物の中できょろきょろしていたら、
おねえさんに話しかけられたのである。

「ボランティアで無料ガイドをしているんです。
法隆寺にはたくさん見所があるんですが、
せっかくいらしても知らずに通り過ぎる方が多いので、もったいないんです。
もしよろしければこれからご案内しますよ」
とのこと。

なるほど、しかも私みたいに下調べゼロだったら、
見ても何にもわからないし。

どれくらい時間がかかるものなんですか?

と聞いてみたところ、

「そうですね、ざっと見て1時間半はかかりますね。
お時間に余裕があるのでしたら、近くの藤の木古墳なんかも、
是非ご案内できるのですが」

というお返事。

私は急いではいないものの、かといって古墳には興味が無い(キッパリ)。

「じゃあ、通常の一時間半程度で、お願いできますか?」

といったら若干残念そうな顔をされつつも、交渉成立。
(ただこのあと数回「お時間があれば藤の木古墳に・・・」と誘われ、
その都度断わる羽目になった。
この方はよほど古墳好きだったのだろうか・・・。)

荷物を預けて、いざ出発。

法隆寺は次の週にイベントが控えていたそうで、
その準備でいつもと違う雰囲気、らしい。

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(いつもを知らないので何とも言えない)

まず案内されたのが鐘楼。
途中の石段に咲いているスミレがかわいらしい。

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これが「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」の「鐘」。

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残念ながら私がいる間には鳴ってくれなかった。
(つく時間が決まっているらしい)

近くの池には石碑もある。

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この後は、本当にあちこちあちこちあちこち案内してもらって、
それこそ1から10まで説明してくれる勢い。
いつ出来たのか、誰が建てたのか、
どちら側が下がっているとか上がっているとか、
(だから雨が降ってもうまく排水できるらしい)
塔の角度がどうだとかいつ改築したとか、
果てはもし火災があったらどうやって消火するかまで、
それはそれは懇切丁寧に説明してもらったのだった。

これは多分、私にも問題があって・・・。

普通は「この塔は西暦○年に建てられたもので、
××の様式を今に伝えています」と説明されたら、
よくわからなくても「はあ、そうですか」と言えばいいのだろうが。

私の場合「え、××の様式? それは何年ごろですか。
どこから伝わってきたんですか」とつい聞いてしまうので、
向うも説明せざるを得ない。

また、説明の中に仏教用語もかなり頻出するので、
いちいち「それって今の言葉でいったらどういう意味ですか」とか
「漢字で書くとどういう字ですか」と聞いていたのだから、
そりゃ向うも大変だっただろうなあ。
(ボランティアだから無料なのに・・・)

途中途中で生々しい話(お寺を修復するのもお金がかかるので、
法隆寺がどうやって修復費をひねり出したかとか)も聞いたり。

江戸時代には5代将軍の母親が肩入れして修復費を出してくれたため、
そこここに葵の御紋がある話とか。

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葵の御紋、わかるかな?

そんなわけで、みっちり3時間半かけて、
法隆寺と中宮寺を案内してもらったのだった。
最後はお互い、疲労困憊。

さすがにくたびれてしまって、法隆寺駅まで歩く気にもならず、
バスで法隆寺駅まで向かい、
そこからJRで(在来線で)、岡山まで・・・。

途中、接続が悪くて、網干駅で30分待たされた。
ただ、たまたま新田次郎の「アラスカ物語」という文庫本を持っていっていたので、
そのおかげで30分は全く苦にならず。
(ただ、ホームでずっと座っていたのですっかり冷えたのだが。)

そんなこんなの、奈良一人旅であった。
次の願いがかなうのはいつになるやら。
奈良一人旅2011 その9 飛火野~ささやきの小径~京終~奈良
2011年05月26日 (木) | 編集 |
2日目の朝の続き。

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この美しい風景は「飛火野」といわれるところ。
電線が明らかに邪魔だなあ・・・。

春日大社から「ささやきの小径」へ。

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ここで突然誰か飛び出してきて刺されたりしたら、
しばらく見つけてもらえないかも・・・とちょっと不安になったりして。
(でも心配ご無用、朝早くてもお散歩している人はかなりいたのだった。)


ささやきの小径を抜けたところにあるのが「志賀直哉旧宅」。
「小説の神様」と言われた作家である。

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中を見学することは可能なのだが(有料だけどね)、
いかんせん、このときは時間が早くてまだ開いていなかった。

ここからかなり頑張って歩く歩く歩く!
歩数計を付けておいたらかなりの歩数になったのでは・・・。

歩いていたら「北京終」のバス停。
今でこそ、「京終」が「きょうばて」という地名であることを知ったので、
「きたきょうばて」であることはわかるのだが、
最初は「ペキンおわり」なのかとかなり悩んでしまった。
(なぜ突然ペキンが出てくるのかと・・・。)

京終駅は、奈良駅の一つとなり。
めちゃくちゃ小さい駅である(無人)。

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青春18きっぷを持っていたので、
ここから奈良駅まで乗ろうかと思ったのだが、
ご存じのとおり、青春18きっぷは、
その日に乗る最初の駅でスタンプを押してもらわないといけない。
無人駅から乗るとそのスタンプがないことになるので、
奈良駅で降りるときにイチから説明しないといけないことになる。
もちろんこちらは何も悪いことをしていないのだから、
ちゃんと説明すれば別にすんなり通してもらえるのだろうが、
ちょっとでも不審に思われたりしたらお互い嫌な思いをするし、
まして足止めを食うのも嫌だなあ・・・。

というわけで、再度奈良駅まで歩くことに。
後から地図を眺めると、全部で7kmくらい歩いていたようである。

奈良駅について、いざ青春18きっぷにスタンプを押してもらい、
大和路快速に乗ったのだが・・・。

この時点で11時。
このときは
1. このまままっすぐ帰る
2. 薬師寺の昼食券がもう一枚あるのでもう一回薬師寺に行く
3. 途中下車して法隆寺に行く
の3つの選択肢を決めかねていた。
ま、結局法隆寺に行ったわけだが、その話はまた次回・・・。
奈良一人旅2011 その8 興福寺~浮見堂編
2011年05月24日 (火) | 編集 |
そして二日目。

朝は早めにスタート。
なにしろ、他の観光地と違って、お寺は早くから開いているので・・・。

今回の主目的の一つは薬師寺で、それが前日。
もうひとつの目的が興福寺にお参りすること。

そもそも(前も書いたけれど)、
一言観音に強いお願いをしたのが一年前の3月。

おかげさまで願いがかないました、というご報告に来たというわけ。
(そして次なるお願いもしに来たというわけ)

一言観音は、南円堂のお隣。

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(こちらは南円堂)

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(コチラが一言観音)


そして次のお願いを、また強くお願いしてきたが、
一生無理かもしれないので、絶対言わない。

お賽銭も、いつもの100倍くらい出してきた。
(普段がケチりすぎともいう)


後で書くが(いつになるかは別として)、
この日はこのあと法隆寺に行っている。

後で調べたところ、
薬師寺・興福寺・法隆寺は全て法相宗なのにビックリ。
(正確にいえば法隆寺は近年に「聖徳宗」を名乗って離脱)

私はどうやらこの「法相宗」にご縁があるみたい?


さて。

興福寺はとても広いので、面白いものがいろいろ。

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こういう難しいこととか。

五重塔とシカの構図とか。

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あるいはこんな注意書きも。

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(わざわざかいてあるということは、
かつてここで酒宴をした人がいるということか)

朝早めの時間なので人も少なくて快適。

というわけでお散歩タイム。

ふらふら歩いていると、シカの群生地(日本語がヘン)があったり。

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見事に花を咲かせているコブシの木があったり。

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こちらは奈良公園の中にある「浮見堂」。
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ここはなぜかものすごく気分が落ち着くところで、
ぼけーっと、20分くらい座って考え事。
仕事のこととか仕事のこととか仕事のこととか。
(結局、研究のことばかり考えていたなあ)

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朝早い時間だから人も少なくてよかったのだが、
人が多かったら落ち着かなかっただろうな。
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